『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

アクセスカウンタ

zoom RSS 「援助」と「意思表明」の言葉の違いについて

<<   作成日時 : 2007/08/11 21:00   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

「声かけが大切」…といいながら、その言葉の意味するところを丁寧に考えようとする人はそんなに多くありません。

一番よくあるのは、「(食器を)お下げしてもよろしいでしょうか?」と言いつつも
既に手は答えを待たずに食器を下げている…というパターン。
場合によってはその後で
「何するんだ!」という利用者の「暴言」「暴力」。

「暴言」「暴力」という「結果」だけが切り取られがちだけど
それってどっちが不適切だったのだろう?
私たちがしたことは同じことじゃないのだろうか?

丁寧な言葉で質問をなげかけていながら
「文字」としては相手に尋ねていながら
「実際」には相手の答えを待っていないという
「ありよう」が現れてしまっている。

表面的には丁寧な声かけだけれど
実際には強制しているという
「言葉」と「態度」の矛盾。

現実には忙しくてつい…という場合もあるでしょうし
まったくそんなことには無自覚の場合もあるでしょう。

でも、こちら側の都合はおいておいて
うけとる側にしてみたら混乱のもとになることを
そうとしらず私たちがしてしまっているのでは…?

私たちは「全体として」利用者の前に立つわけですから
「字づら」だけで立っているわけではないのですから
「言葉」と「態度」が解離しているような「あり方」はマズイのではないかと思うのです。
そのことそのものが信頼を失わせるならまだしも
(本当はまだしもじゃないのですが、それでも)
そのことが利用者を混乱させてしまっているとしたら…

Discommunication

「声かけは大切」とあたりまえのように言われていながら
そのことの意味があまり省みられていない。
「声かけは大切=とにかく声をかける」
というような風潮になってしまっている現実がある。
そのことについて考えてきたことをまとめてみたいと思います。








テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
先日の『伝えてしまうこと』でもそうでしたが、無作為に放った言葉が相手にどう伝わっているかを知ることは難しいものです。
しかし、言葉にはチカラがあります。それを良い方に使うかどうかは、発する側の気配りによるものなのでしょうね。
Heart さん
2007/08/12 11:57
Heart さん、コメントありがとうございます。

対人援助職でありながら無作為に言葉を放つ職員が多い…という現状そのものが非常にマズイんではないかと感じています。
PLAN-DO-SEEのSEEを常に自分に課している職員は残念ながら少数派です。

善悪ではなくて、
自分の言動が適切だったかどうかを
なぜふりかえろうとしないでいられるのか
私にはとても疑問です。


spersnza
2007/08/13 20:30

コメントする help

ニックネーム
本 文
「援助」と「意思表明」の言葉の違いについて 『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる