『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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zoom RSS 「援助」と「意思表明」の言葉の違いについて その3

<<   作成日時 : 2007/08/13 00:17   >>

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言葉にはあつかう人のありようがあらわれる。
動詞…その使い方にその人の「意思」があらわれる。

「車いすを押しますよ」
「ご飯を食べさせますよ」

職員が利用者さんに「対して」の意思表明です。

通常の場合なら
相手が意思表明したことを受け止め
その言葉から自分の変化を予測して心身の構えをつくります。

車いすを(この人が)押す
 ↓
じゃあ、自分はこの車いすごと動くんだ
 ↓
身体と気持ちは後から前方への動きを予測し身構えます。

これらがないとき
たとえば、突然、後ろから前に肩を押されたりしたら
すっごくびっくりするでしょう?
思わず足を大きく前に出したりして転ばないように反応してるでしょう?

でも、肩押すよと事前に言われていればそうでもないんじゃないかな。
結構、その場で足をふんばったりしちゃうんじゃないでしょうか。

でも、認知症が進んで
「言葉から次におこる事柄を推測する」という能力が低下してしまったら
どうなるでしょう?

「車いす押しますよ」という言葉が
自分に関連することとして理解できないかもしれない。
何か話しかけられたあとで車いすが突然押し出されたと「うけとめる」かもしれない。
もしかして
話しかけた人が忙しかったのでつい気ぜわしい「口調」で言葉を発したとしたら
理由もわからずに怒られたりけんかを売られたと「うけとめる」かもしれない。

「結果として」




「車いす押しますよ」は職員の「意思表明」の言葉です。
「○○さん、動きますよ」は利用者の状況変化の理解を「援助する」言葉です。

どちらの言葉を使ったほうが
今、この時の相手にとって適切なのか
自分自身がきちんと判断して選択して「動詞を使い分ける」

「できることはやっていただきできないことは援助する」などと
お題目のように唱えて「動作をさせる」ことを考えるよりは
まず、その場面その場面において
職員が為す行為について
(たとえば、声かけは大切と言われていながら
その実とても蔑ろにされていると多々感じるのですが)
まずは、職員が自分自身に対して明確にしておくことのほうが
認知症をもつお年寄りの生活リハビリを「援助する」ことに
よっぽど結びつくのではないかと考えています。

…たぶん、わかる人にはすぐにピンときても
わからない人には何のことやらさっぱりわからないだろう最後の部分は
別の記事で詳しく書きます。













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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
特にとは言いませんが理学療法士の中にはこの
やってあげている感が強いかもしれないと
見学実習から帰ってきた学生の発表をみて思う
所と、友人関係でもそうですね。よかれと思ってやることが実はその人の負担になっていたりする。。いつもここで勉強させてもらっています。正直自分は伝えるのが下手なのですこしでも学生につたえられればと思う毎日です。
はじめ
2007/08/13 19:52
はじめさん、いつもお立寄くださってありがとうございます!

PLAN-DO-SEEのDOばっかりでSEEが欠けてる人って、話てることの中身ややってることの技術的なことにもあんまり魅力を感じません。

ボバースの古澤先生や紀伊先生のデモンストレーションは、「身体と身体を通したコミュニケーション」って感じで、すごく無理無く自然にこども達が動いていっていました。

高名な文豪の人たちと交流のあったという方の言葉です。
「本当に優秀な人は、本当に謙虚なんだ」


spersnza
2007/08/13 21:00

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