『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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<<   作成日時 : 2007/08/15 21:19   >>

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新型うつ、自己愛型うつという言葉が流行っているようです。

さも、ありなん…と思うことも多々あります。
うつとは言わなくても、たとえば
自己肯定感がとても高い。
責任転嫁、他罰的傾向が強い。

ちょっと注意されたら、逆ギレするとか
頭越し外交やってさらに上の上司に言いつけにいくとか
注意されると、その注意の意味を考えて反省するよりも先に
注意した先輩や上司の注意の仕方が悪い。と言うのです。
私自身も経験がありますし
中間管理職の友人との会話にもよく出てきます。

一番驚いたことは
養成校を出て就職したての職員が
「給料が安い!」と上司に文句を言いにいったことがあったんだそうな。
しかも同期で就職した友人たちも
当人をいさめるどころか同調したそうな。

その話を聞いたときには
そんな輩は対人援助職につかせちゃいけない!と思いました。

どんな仕事であれ
1年目から1人前に働けるような仕事なんてありません。
養成校を出た…のは、その仕事のスタートラインに立てたというだけのこと。
仕事を教えてもらいながら、当然、先輩にも同僚にも、もちろん対象者の方にも迷惑やら心配やらをかけながら、なんとか働く格好をしているだけの時期に…。
どうして、そんなに根拠のない自信を持っていられるのか?

「仕事」をなんだと思ってるのだろう?
「対人援助」をどう考えているのだろう?

学校は何をしていた?
実習地は何をしていた?

そう感じたことを覚えています。

自分はできている。
根拠のない自信だから
傷つかないように自分を守る。
(結果として)傷つける人を攻撃する。

自分はできている。
だから自分のお金と時間を使ってまでは、研修には行かない。

自分はできている。
だから、自分の言動をふりかえろうとしない。
何が起こっているのか確かめようとしない。

…のか?

対象との関わりが一方的。善かれと信じて。
「自分の思ったとおりにできました」
「笑っていただけるようにコミュニケーションをとっていきたいです」

自分の感覚だけで動いているから
感性も磨かれないし、思考も深まらない。

映画のCMで試写会の感想が
「泣けちゃいました〜」のオンパレードというシーンをよく観ますが、
あれは決してやらせじゃないということが象徴的な気がします。

逆に言うと
非常にもろい。

必死になってがんばる、へこたれずに努力する、群れない。
そんなことができない。
泣いたりわめいたりしながらも
「自分がやるしかない!」という「体験」の積み重ねがないのかな…と感じたりもします。
だから、ほんのちょっとしたことでも痛いのかな…?

私たちは過去の自分たちと比較して
あれこれものを言うけれど
当人たちは、比較の対象が周囲の友人しかいないから
当たり前になっていて、違いがわからないんですよね。

仕事は
現実のなかに見え隠れする「課題」を見いだして
解決への「ヒント」を探し
現状改善へ向けて一歩一歩の地道な努力の積み重ね。

実際は
業務をこなす=仕事をしてる
学生時代にそんな「ありかた」しか知らないとしたら
それ以外の「ありかた」を知らないとしたら
就職してから修正するのはすごく困難。

ずっと前に作業療法協会誌に掲載されていた言葉。
質屋の丁稚には本物しか見せない。
本物だけがもつ「品のよさ」を見る目が養われていく。

でも、今どきの子には
「見せてる」だけじゃわからない。
本物とまがいものと両方見せて説明までしないとわからない。
その上で
自分たちだけで違いを見つけて違いの共通項を言語化する体験をする
…なんてことを考えたりもします。

とここまで考えると
根本的には
なんにせよ「本物」とめぐりあう機会が少なかった…というのが
若い彼らにとっての一番の不幸?

先輩たる私たちが「本物」たりえてない…ってこと?








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コメント(9件)

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もしほんとうに「うつ」になるのなら,
その人に強い「可能性」があるんでしょうね…。
Sparrowhawk
2007/08/16 00:37
本当に最近の人は自己肯定感がつよいですね。
そのあたりは正直指導が難しいかもしれないです。自分はどのようにすればよいのかかなり
悩んでおります。本物はどれか??
かなり品物(情報)が多すぎて判断力がにぶり
そうですね。
はじめ
2007/08/16 07:57
>最近の人は自己肯定感がつよい

自己否定感も同じくらいなんでしょうね…。
Sparrowhawk
2007/08/16 08:11
Sparrowhawkさん、コメントありがとうございます。

無自覚な自己効力感の低さを過剰な自己肯定で補償しようとしているのかもしれません。

ただ、心身の過剰適応からおこる従来型のうつとは違って、「自己変化への抵抗」として病気になるほうを(無自覚だけれど)選択する新型うつの場合には、そしてそのような精神特性をもつ人の場合には難しいでしょうね…。
なぜなら、その人自身が変化を望んでいないから。

逆にいえば、
その人自身が心底望み、なおかつ、そのときに周囲に暖かく厳しく辛抱強く導いてくれる人がいれば、その人の心の中にある「もの」が「可能性」へと変わるかもしれません。
spersnza
2007/08/16 19:58
はじめさん、コメントありがとうございます。

養成校の教員の方のご苦労をお察しします。
学生の「伸びしろ」は評価したい。でも一定の水準に到達していない学生をオマケしたとしてもその場はよくても結局は学生の不利益になるし、先送りした結果、将来、対象者の方に迷惑がかかるようでは本末転倒です。

どうしたら学生の成長を支援できるのか
実習でわずかの機関、学生をお預かりしているだけの私でも本当にいろいろと考えさせられます。
結果を伴わないのに自己肯定感ばかり高い学生の指導は困りました。人格障害に近い精神特性をもつ学生の指導は心身のエネルギーをものすごく消耗しました。養成校の教員の方と頻繁に連絡をとりあい最終評価は養成校にお任せするようなケースもありました。
実習地は養成校に下駄を預けることもできますが、養成校ではそれはできませんものね…。
教員の方は、もっとたくさんのいろいろなご苦労とご心痛があることと思います。




spersnza
2007/08/16 20:55
>注意されると、その注意の意味を考えて反省するよりも先に
注意した先輩や上司の注意の仕方が悪い。と言うのです。

我が家の母娘関係がまさにこんな風で、私は「まだ小さいから・・・ 大きくなれば分かるのだろう」と思ってきました。でもこのまま大人になるケースが増えているのだとしたら、親の責任は私が考えている以上に重いのかもしれません。
まる
2007/08/17 11:37
まるさん、コメントありがとうございます。

まるさんが言われるとおり、今の私たちにできることは、まず自らの責任として引き受けて考え、自分自身の姿勢を問い直すことではないでしょうか。
spersnza
2007/08/17 21:30
>先輩たる私たちが「本物」たりえてない…ってこと?

わたしは素直に「その通り」と頷けます。
20代の職員と付き合っていて、彼らに対して言葉で伝えるだけでは、こちらの真意が伝わっていないのではと思うことがたくさんあります。
おっしゃるとおり、良い物と悪い物を見せて、さらに説明して、さらに自分が手本を見せてあげるくらいしないと伝わらないような気がしています。

私たちがプロであると自任するのであるならば、「相手は職員だ」とは思わずに、プロになりきれていない「対人援助の対象者」とでも思わないと付き合いきれないのでは無いでしょうか。
Heart さん
2007/08/18 12:59
私たち自身も
次の世代も
より「プロ」として進化していくように
混沌とした現実のなかにあって
希望を胸にいだくだけではなく
希望が現実のなかで灯り続けるようになるために
私たちができることは
曇りなき眼で見定め
自らの足で立ち、自らの手で探り
常に目の前の現実と自分自身に立ち返りながら
その「意思」を持ち続け、「実行」を重ねること…だと思います。
バトンをうけとってくれる人がいることを信じて。

spersnza
2007/08/19 22:15

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