『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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zoom RSS 認知症をもつ人への生活リハのありかたについて

<<   作成日時 : 2007/08/21 20:17   >>

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私が常々疑問に感じていることはインプットが軽視されていることです。

もちろん、インプットとアウトプットは表裏一体のものではありますが。

以前の記事にも書きましたが
脳のはたらきは記憶による予測…という仮説が提唱されています。
 http://yoshiemon.at.webry.info/200609/article_17.html

体験を記憶というデータベースに照合し概念化する。
日々起こるできごとを逐次記憶と照合しながら予測する。
おこがましいのを承知で言えば、おそらくそのとおりだろうと私も感じました。

認知症をもつ人に対してもピッタリ当てはまる概念です。
記憶と照合しようにも、最新の記憶は失われているから残された過去の記憶と照合するしかない…目の前の現実にはない不適切なことを言ったりしたりするのは照合したものが過去のデータだった…。
だとすると、ないものねだりをすることが
たとえ、善かれと思ってのことであったとしても
「できなくなったことをできるようにする」ことが
お年寄りにとっていかに不適切で理不尽なことか…。

認知症をもつ人の記憶が障害される
…記憶の連続性がとぎれる
過去と未来をつなぐ「現在」の不安定さ

過去…現在の状況を構成する「前提条件」を忘れてしまう。
未来…直近の未来にこれから起こるだろうことに対して現在の状況ですべきことを選択できない。

今、そのもの。
「今」があるだけ。

自由といえば自由だけれど
自分が因って立つ場のない自由がどれほどの不安を喚起することか…

まるで宙にただよう糸の切れた凧のよう…?

そのような状況にあるかもしれない人に対して
アウトプットとしての対応
…なにかしましょう。リハビリしましょう。etcetc。に苦慮するよりも、
その人が因って立つ場の理解を促す声かけや
せめて、聞き取りやすい声で落ち着いた態度で話しかける。
というインプットの援助を心がけたほうがどれだけ害がないか。
そして実際に相手の役に立つか…と思ってしまうのです。

「ヒポクラテスの誓い」でも書きましたが
http://yoshiemon.at.webry.info/200509/article_15.html
患者を傷つけないように
患者は病気や障害を負ったということでもう十分に傷ついているのだから
まず第一に患者を傷つけないこと。
…医師でなくても対人援助職の人には必須の態度だと思います。

そして
できれば、聞き取りやすい声で落ち着いた物腰で話しかける
これは今すぐに誰にでもできることです。
その人がその気になりさえすれば。

でも、困難なのは続けるということ。
当たり前すぎることですが
なぜ
簡単で当たり前のことを続けることがこんなにも難しいのでしょうか。

なぜ
簡単で当たり前のことがおろそかになってしまうのに
双方にとって困難なことを「お年寄りのために」といって
「やらせ」たがるのでしょうか。
その結果、ついて回る「依存的」という「審判」の言葉。

…逆ですよね。














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