『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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zoom RSS 学生が情報の統合が困難な理由について

<<   作成日時 : 2007/08/09 21:02   >>

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ここで、ちょっと実習指導を切り口にいろいろと考えてみたいと思います。

私自身はICIDHで考えるように教わってきた年代の人間です。
学生の時には、ご多分にもれず、
評価結果の統合…情報はたくさんあるけどそれらを
どのように考えてまとめていったらいいのかわかりませんでした。

その時には、自分自身が未熟だからなんだ…と思っていました。

でも
今考えると、違う考えが浮かびます。

ちなみに
ICIDHとこれから出てくるICFというのは
障がいの捉え方の概念のことで
詳細については下記をご確認ください。
http://yoshiemon.at.webry.info/200705/article_24.html

実習で評価結果の統合でつまずく…ということは
課題そのものの困難だけでなくて
学生自身若くて抽象思考体験が乏しいとか
情報を縦横に確認しながら収集するとか
そもそも思考過程の言語化が困難とか
「最近の学生は…」とはよく聞く言葉ですが
そういうことは今はもちろん、昔もあったのだと思います。
現に私が学生の時にも多くの指導者が
「最近の学生は考察が苦手」と言っていました。

なぜ、同じ困難を累々と繰り返すのだろう…?
何か「対策」はないのだろうか…?

情報を集めることはできても
たくさんの情報を「統合」していく過程で必須なのは「視点」です。
どこから見ていくかによって全然異なる結果が出てきます。
その「視点」をどこに置いたらいいのかわからない…ということが
実は「考察」が困難…という「かたち」で出てきているように思います。
指導者は暗黙のうちに「視点」をもっているけれど
指導者の「視点」の「選択の根拠」が明確でないから
学生につたえきれなかった…ということもあったのではないでしょうか。

実習指導の課題には学生の問題、指導者の問題、養成校の問題…などもあるでしょうが、実は表面化していない「障がいのとらえかた」が学生、指導者双方にとって重要なポイントを占めている…のではないかと考えています。

たとえば、「評価」と「治療」の関連性がないとは
よく聞く言葉ですが、それは学生や指導者だけの問題かというと疑問に思います。

だって、ICIDHでは構造上、より基本的なimparimentレベルでの「障がい」を詳細にするように要求されます。
詳しくimparimentの情報をたくさん手にする…それらに対する「対応」がその数だけあるかというとそうともいえないと思います。
これらが何を示すかというと「援助」ではなくて「審判」という姿勢を導きやすいと思います。
学生や若い療法士ではなくて
むしろ、経験のある療法士にそのような傾向をもつ人が多いという体験をたくさんしてきました。

「おれが治してやった」
「おれが歩かせてやった」
「認知症の人にも記憶障害があるという現実をつきつけたほうがいい」

これらは私が直接に聞いた言葉です。
そして言っている当人たちは
本当に無自覚にこの言葉を言っているのです。

このことは何を示すのでしょう。
今までは個人のキャラクターだと思っていましたが
いずれもICIDHの考え方で経験を積んできた「職業病」という側面も
あるのかもしれないと最近は感じるようにもなりました。

ICFのトップダウンの考え方のほうが
「当事者」の意向、視点が明確になり
当事者と療法士との共同作業がおこないやすくなると思うのです。
そして
療法士ももっと謙虚に「援助」の観点にそって
「障がい」だけでなく「能力」もきちんと評価できるようになっていくように思うのです。

でも
「システム」を変えただけでは現実は変わらない
あつかう人の「意識」が変わってはじめて現実が変わる








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