『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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zoom RSS 前から思っていたことですが

<<   作成日時 : 2007/09/24 20:37   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 2

養成校でのOTの授業のActivity体験についてです。

なんで種目が「革細工」「機織り」「陶芸」「木工」「金工」なんでしょう?
きっと初期の養成過程のカリキュラムが
アメリカ人作業療法士によって導入されたものなんでしょうし
現在のOT開設基準にも必置のものだからなのかもしれませんが…。
(このあたりのことは私の知っていることと違うかもしれません。
変わっているようなら教えてください。)

でも
機織りとか木工はまだしも
革細工とか金工にいたっては
近年の普通の日本人の生活様式のなかに組み込まれていない活動ですよね。

それよりも
今のおばあちゃん世代の方はたいてい浴衣は自分で縫うもの
その浴衣も着古したら赤ちゃんのおしめ、次は雑巾と
ほんとにぼろぼろになるまで使いきったもの
編み物もセーターをほどいて編み直したもの
おじいちゃん世代の方は畑仕事にいそしんだり…
もちろん多様な生活があったでしょうけれど
生きるために生活そのものに必死だったという方が大勢いらっしゃいます。

私は養成校でのActivity体験と活動分析には
もっと日本人の生活に密着したActivity体験が必要なのではないか
…と思うのです。
だって
革細工とか金工をOTの手段として活用したことがないですもの。
お年寄りにとって身近なものではないので…。
(もちろん、身近でないもの、初めて体験することの有意義もありますが)

対象者の方がOTと出会う「場」って
たいていは病院か施設という人のほうがずっと多いと思います。
OTに会う段階で
通常よりも「弱って」いる…ということですよね。
弱っている状態で未知の活動をやる…ということ自体に
負荷がかかることだと思うのですが。

それに
今の学生はえてして生活体験そのものが希薄で
(かくゆう私だって浴衣1枚縫い上げたこともなければ畑仕事もできませんが)
掃除、炊事、洗濯…を「自分の役割」としてしたことがない学生も多いのです。

このような現実をふまえると
対象者にとって馴染みのない活動を
学生が体験することの意味がなくはないと思いますが、
対象者にとって馴染みのある活動を
学生がろくすっぽ体験しないで臨床に出る…ということは
やはり問題があるのではないでしょうか?

3年生の評価実習にしろ、4年生のインターン実習にしろ
実習に出る学生さんは20歳前後…
20歳前後といえば、今のおじいちゃんおばあちゃん達の多くが結婚して
1人前として「生活」そのものを自分自身の手で支えて暮らしていたのです。

こういうギャップをどう考えたらいいのでしょう。
もちろん、「人間としての経験差」は学生に限らず常についてまわることですけれど
でも、あまりにも「足もと」そのものが違いすぎる…と感じています。

そういう学生がADLを評価し指導する…?
箸を使いこなせない学生が利き手交換の指導をする…なんてことが
おこらないとはいえません…(苦笑)

そして一番の問題は
そういうことについての想像力を働かせる「余地」を
どのように学生に涵養していったら良いのだろう…
どのように若手に伝えていったら良いのだろう…

私たちには当時のお年寄りの追体験はできませんが
時代背景を調べる、お年寄りの話をよく聞くなどという
追体験への努力という地道な作業は
OTにとっては、直接的には何の効果も及ぼさないけれど
お年寄りに対しては、会話の中の「共感」の深みが全然違ってくると感じています。
その過程を通して、想像力を働かせる「余地」も耕されてくるように感じています。

学生や若い人たちは
即効性を求めがちですが(そして、その気持ちもわかるのですが)
でも、やっぱり「急がば回れ」
地道でも着実な努力は確かな「ちから」となって積み重なっていく

そういうことを実感をもって理解してもらうためには
どうしたらいいんだろう…。

ちょっと(相当?)話が飛躍してしまいましたが
「OTの養成」ということについて危機意識を募らせている私としては
つい、つらつらと書いてしまいました…。







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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
若い人達の読書ばなれが進行しているようにおもいます。読み物自体も軽く読み流せるものがおおいようです。あとはハウツー本・・・
それが想像力を育てられないのではと思います。
時の流れが早くなったからかしら・・
じっくりと、考える・・自分の事・・人の事・・世の中の事・・・・歴史の意味・・・
そんな時間が大切な人が減っているような??・・気のせい??

2007/09/24 23:31
言葉も体験もうわっすべりしているような気がしています。
「言った」「聞いた」「見た」「した」
確かにそうだけど、「うけとめた」…?

昔の人に比べれば、「自分の身体を使ってなんとかする」体験は激減していると思います。
車やテレビや電話が一家に何台もあるし、洗濯ものは洗濯機にほうりこんでおけばいいし、ごはんもスイッチを押したらあとはほっとけば炊きあがるし…。
「生活」するために必要だったたくさんの時間から開放された私たちの身体は、開放された時間をどう扱っているのでしょう?

読書も映画も主体的に読みとる、観とる姿勢がないと「読んだことある」「見たことある」「おもしろかった」「感動した」「泣いちゃった」…で終わっちゃいますよね。

愛さんのおっしゃる「ハウツー本」は、そんなこととも通底しているのでしょうか…。

人の話を聴くことができない人は、目の前で起こっていることを見ていない人が多いように感じています。
そんな人にかぎって「はい!」「はい!わかりました!」と返事はどんな時でも元気よく大きな声でしてもらえる…ことが多いです。。。



spersnza
2007/09/25 20:50

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