『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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zoom RSS 最近よく耳にする言葉

<<   作成日時 : 2007/11/24 23:17   >>

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前の記事と似たような内容ですが。

ときどきこんな言葉を聞くことがあります。
「介護の人に説明するときには
OT(作業療法士)はこういうところも見てる…っていうふうに説明してる」
この言葉、結構多いのです。
いろんな場所で聞きます。

でも、逆の立場になって考えてみて。
たとえば、看護師が
「採血するときには私はこういうところを見てこんなふうにしてるんですよ」
ってOTに説明したら、どう感じるでしょうか?

そんな説明なんかよりも
採血するときにできるだけ痛くなく、しかも内出血がおこらないように採血してほしい。
そうは思いませんか?

実は私の血管は細いらしくて
採血のときには必ずそう言われていつも「すみません」と言ってるのですが
でも本当に上手な人っていて、痛みも内出血もほとんどおきない
そういう技術をもった看護師の人にも出会っています。
そしてその正反対の人にも…。

介護の人は
別にOTになりたくて働いているわけではなくて
利用者さんのためになるような介護職になりたくて働いているんだから
OTの視点の宣伝なんかよりももっと伝えておかないといけないことがある。

それは
こうやったら利用者さんのためになる。
さっきのこういう現象はこの方のこういう能力の顕われ、こういう障がいの顕われ。
そういう説明を
きっちり言葉にして伝えていくことのほうが大切だと思う。

その積み重ねの結果
OTはそういうふうに見ているのね
ということが理解されていくと思う。

「私は利用者さんやご家族の悪口は言いません」
なんて言葉にして宣言なんかはしないけれど(当然だい!)
直接にはあんまり話もしたことがなかったとある介護の人から
「speranzaさんは利用者さんやご家族の悪口を言わないものね」
と言われたことがありますが
そういうものだと思う。
(余談ですが、こんな言葉が出た…という現実が私にとっては悲しかったのですが)

自分らしさは望まなくても滲み出てしまうもの。
OTの宣伝についても
「さかさま」や
「できることをやる」
の記事やコメントでも書いたように
口に出して言う言葉ではなくて
もうひとつの言葉で伝わっていくもの
だと思う。

臨床に出る段階では謙虚でも
数年経ってくると
傲慢な本音が言葉の端々に滲み出るようになってくることが多いように感じています。
言ってることとやってることが一致しないことが明確になってくるように感じています。
もちろん、傲慢さは若者にとっては避けては通れない門だとは思う。
(傲慢さは認められたい症候群と表裏一体のものだと思うから)
その後でどうするかが大切なんだと思う。
そして
傲慢さの洗礼をくぐり抜けた先輩が
本当に少ないのも事実なんだろうとも感じています。













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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
> 傲慢さの洗礼をくぐり抜けた先輩が本当に少ない
speranzaさんは,その一人?
> 傲慢さは認められたい症候群と表裏一体のもの
で,悩み続けた?失敗した?ボロボロになった?
ひょっとして,自分責めたりもしましたか?

でも,その後って,ホント,不思議といろんなものが見えるようになるんですよね.
メチャ謙虚にもなる.
けど,自分の芯はちゃんと通ったまんま..なんてね.

> 本当に上手な人
みえますよねぇ.
この前,体調崩して点滴を打ってもらったんだけど,私の左腕の血管は細くて,入れにくく,大体は失敗されます.だからいつも,私の方から,右手にしませんか..と尋ねますが,その方は,腕を見て一度やってみます..と.
で,スッと簡単に入れられました.その技のすごさに,思わず拍手したくなりましたね.

「すみません」と謝られるのもいいですが,
それよりも技を磨いて欲しいものです.それがプロというものだと私は思います.
その域に達すると,自然と自己主張することもなくなり,自然体になれますね.
それが「自分らしさ」ではないかと,私は思います.
ゆう星☆
2007/11/25 13:43
それこそ傲慢に聞こえるかもしれませんが
私は他人に認められたいとは思ったことはありません。「仕事ができるようになりたい」と必死でした。
誰よりも自分自身が「できない」「ちがう」ということがわかっていた。
たくさんの文献や本を読みまくり、あちこちに見学や研修に行き(そのために若い頃パンの耳食べてたことがある…苦笑)
それでもギョーカイの人が言っていること書いていることがどうしても違う、どこか違うと感じるけれど、その違いを言語化できなかった。だから、じゃあどうしたらいいのかがわからなかった。
他人に相談しても無駄だということがわかってるだけで、ギョーカイに流布しているジョーシキ以上のアイデアがなくて八方ふさがり。
その時は本当に苦しかった…

そんなとき学会であるOTの講演を聞いて涙がぼろぼろこぼれてきた。
その人の丁寧さ、真摯さが胸にしみとおってきた。
泣いてる場合なんかじゃない、一言一句聞き漏らさないと思っても、あふれる涙をどうしても止めることができなかった…という経験をしました。

speranza
2007/11/25 22:35
私が傲慢だったのは
感謝の気持ちがなかったところ。
「しごと」を追い求めることに必死で
そもそも自分が生きてるだけでまるもうけなんだということに、全く無自覚でした。

最近はすっかりご無沙汰してしまっていますが
すばらしいOTの方との出会いに
(出会いなどというのは大変おこがましいですが)
本当に感謝しています。

(つづき)
2007/11/25 22:38
そうでしたか..私と一緒にして,ごめんなさい..m(__)m
speranzaさんは,そんな素晴らしい出会いをされたのですね.

ホント,いま生きてここに在ること,そのこと自体が素晴らしい.
生かされていることに感謝ですね.
ゆう星☆
2007/11/25 23:37
久しぶりのゆう星☆ さんのコメント
すっごくうれしかったです。

明日はこちらでは冷たい雨になりそうです。
そちらはいかがでしょうか?
どうぞお身体お大切に…ますますのご活躍をお祈りしています。
speranza
2007/11/28 19:22

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