『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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zoom RSS 事故報告書、ひやりハット

<<   作成日時 : 2007/11/07 21:03   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 6 / トラックバック 0 / コメント 4

もしくは、アクシデントレポート、インシデントレポート

名前はなんでもいいけど、
施設内で転倒や転落や誤薬…などが起きてしまった、あるいは起きそうだったけど未然に防いでひやっとした…というときに記録する書式ってありますよね。

施設によって書式の詳細はさまざまだけど
項目的には発生時の状況・その後の対応など大差ないんじゃないかな?

で、対応策っていっても
あんまり個別的には思い浮かばずに
一般的、抽象的なことしか書いてないとか…
そういう経験ってないですか?

なんでだろう?…ってずっと考えてきました。

最近思うことは
書く人によって、発生時の状況の内容にずいぶん差がある
ということです。
「どこどこで転倒していた」というように非常にあっさりしたものもあります。

「どんなふうに」
転倒していたのか…そこが一番大切なところだと思うのですが。

転ぶ瞬間を見ている職員がいれば
「どんなふうに」転んだのか書きやすいです。
(それでもなかなか書けない人もいます)

でも、現実には、居室を訪問したら転倒していた
そんな場合が多いと思います。
そんなときに「どんなふうに」転倒していたのか
きちんと書けていないと
結局は根拠も曖昧なまま転び方を推測し
対応策の提案も具体的に個別的には、できない
だから、一般化、抽象化しちゃうんじゃないかな…

根拠を明確にして考える
具体的に考える
私たちが弱い部分はそこだと思う。

どんなふうに転んでいたのか
ちゃんと眼で見ていたのに
書けない

ここで起こる誤解が
「見てたはずなのに書けない」と「書けない」ほうに力点がおかれてしまうのですが
実際は
「見てたはずなのに見てなかった」から「結果として書けない」
…つまり、見ていなかったほうが多いのでは?と感じています。

このことはリハ実施計画書やケアプラン立案なんかのときでも
よくおこる課題だと思うので
別の記事に書きますが…

だって
申し送りなんかで
アザがありました。皮膚に剥離がみられました…。その後に
あれ?右だっけ?左だっけ?…という言葉もよく聞きます(苦笑)
こういうことって多くないですか?

私も学生や若いときに
記録を書こうとして
「はて、ここってどうなってたっけ?」と
見てたつもりの見落としという痛い経験を多々してきました(苦笑)

だから、その場の状況を書かざるを得ないような書式にする
たとえば、図を使って買いてもらうと
環境のなかでの身体の状態や位置関係を書かざるを得ないから
意識して見るようになると思う。

見れども見えず
意識化していないことは記憶に残らない

これは本当にそのとおりだと思う。

そして
全体のなかでの部分をみていない
状況との関連性において個人をみていない
経過のなかで個人をみていない

この部分の課題も多いのではないでしょうか?

今までの記事にもいろいろと書いてきましたが
…どこで(状況との関連性)どんなふうに(身体の状態)だけでも書ければ
通常のその方の心身の特性(能力と困難)がわかっているのだから
転倒時の状況を推測することもできる
少なくとも推測の確度を上げることができると考えています。

そして書式にそって書く…ということで
実は、書くというトレーニングではなくて
転倒発生時の状況をパッと見てパッと把握する
…という観察力のトレーニングを積めば
それは日々の観察力を自然と底上げすることにもなると思うのです。

「何のために」
事故報告書やひやりハッとを書くのか…
ヒューマンエラーをゼロにすることはできないけれど
だからこそ防げる事故は未然に防ごうという趣旨だと思う。

書くことを通して
ある場面での状態の把握
全体のなかでの個々の身体の部分の状態の把握
このような階層性をともなう理解…というトレーニングを重ねることが
「見れども見えず」という私たちの限界を認識したうえで
ヒューマンエラーをゼロに近づける努力とともに
事故防止…という消極的な意味だけではなくて
利用者さんの状態像の把握、理解…という
より、積極的な意味でも
そしてもっと根本的には、私たち自身にとっても
潜在的な可能性の発現にもむすびつくんじゃないかな…と感じるのですが。








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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
現在、転倒事故対策のマニュアルを再作成中です。以前のものは施設の実情にあわせたものではなく、どこかからの借りものであったため自分たちの言葉で、施設の実情に合わせたものを作ろうと取り組んでいます。
事故報告書の書式にしても、やはり借りものの観があります。
事故の現場を図で書くのは現在のところ私だけです。事故の起きた原因を考える上で、理論だてて考える習慣と理論を組み立てる言葉を私たちはまだ学んでいないのかもしれません。
このブログの記事をコピペして7日に配らせていただきました。また、反応をお知らせいたします。
銀河旋風児
2007/11/08 21:50
銀河旋風児さん、コメントありがとうございます。
当施設では、図入りで報告書もひやりはっとも書くようになりました。書式も検討中で、どのような書式にしたら「見る」「書く」ことを促すことにつながるのか、次回の事故対策委員会で検討する予定になっています。
良いアイディアがあったらぜひ教えてください!

私は感性の大切さは言い過ぎても言い過ぎることはないくらい、大切だと感じています。
が、同時に論理的思考力も大切だと考えています。
そして、なぜ対人援助職なのに、このふたつが耕されていない、耕そうとしない人が多いのだろう…という疑問を抱いています。

銀河旋風児さんが働く施設の人たちがどんなふうにこの記事をよみとってくださったのか知りたいです。ぜひ教えてくださいね。
spersnza
2007/11/09 20:57
お久しぶりです。

先日、安全管理講習会に出席したときに
『KYT』というトレーニングを学びました。
今流行りの「くうき よめない トレーニング」ではないです(苦笑)

『危険予知トレーニング』と言います。
写真・イラスト・文章などで環境を確認して、どこに問題点や危険が潜んでいるのかトレーニングする方法です。
もともと産業界で広がっていた考えだそうですが、
今年度の医療法改訂に伴い、病院や無床診療所、歯科医院なども安全管理することが義務化されたようです。
その中での啓蒙活動の一つとして、研修会がありました。

トレーニングをして、危険を察知する目を常に養う事も必要だと感じた講習会でした。
ラオウ
2007/11/11 17:57
ラオウさん、お久しぶりです。
お忙しいと思いますが、お元気ですか?

>危険を察知する目を常に養う事も必要
本当にそうですね。
危険を察知する目。
状況が危険を示している。
そのことに気がつけるかどうか…ということですものね。
JAFの雑誌に掲載されている危険予測の写真にも「あぁそうか!」と思うことが時々あります。
spersnza
2007/11/11 21:13

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