『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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zoom RSS 「Esteem」

<<   作成日時 : 2007/12/10 20:47   >>

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マズローの欲求段階説

欠乏欲求
 1.Physiological(生理的欲求)
 2.Safety(安全欲求)
 3.Love/Belonging(親和(所属愛)の欲求)
 4.Esteem(自我『自尊』の欲求)
成長欲求
 5.Self-actualization(自己実現の欲求)

wikipediaによると上記説明となっています。
「生理的欲求」「安全欲求」についてはここでの説明はいらないと思います。
「臨床実習つづき」の記事に愛さんからコメントをいただきましたので
「親和(所属愛)の欲求」「自我(自尊)の欲求」「自己実現の欲求」について考えてみたいと思います。

Love/Belonging
friendship,family,sexual intimacy
翻訳する際に翻訳する人によって、
「愛情の欲求」「親和の欲求」となってしまったと思うのですが、
友情や家族愛や性的親密性を
現存する人物と自分とが分かち合える…という意味だと考えています。

Esteem
self-esteem,confidence,achievement,respect of others,respect by others
「尊重の欲求」「自我の欲求」も翻訳の時の言葉の選択の問題だと思うのですが、
評価…自己承認、信頼、達成、他者を尊重、他者からの尊重
となっています。

Self-actualization
morality,creativity,spontaneity,problem solving,lack of prejudice,acceptance of facts
自己実現…モラル、創造性、自発性、問題解決、偏見のなさ、事実の認識
となっています。

ここで私が考えるのは
愛さんがコメントのなかでおっしゃった
>自我の欲求と自己実現の挟間にあるものは何だろう?
ということです。

説明では、下位の欲求が充足されて上位の欲求が満たされる
とされています。
そしてそれら上記1から4までは欠乏欲求だと。
満たされないから満たされたいと望むのだと。
5については成長したいと望むのだとされています。

4が満たされれば自然と5へ移行するものなのかどうか
というところが気になります。

個人的には自然には移行はしないだろうと考えています。
4と5の間で質的転換が必須だろうと。

イメージでいえば
1から4までは満たされないビンの中を欲求で満たそうとしている。
1つのビンでは足りなくて
次から次へとビンを入れ替えたり
ビンの大きさを大きくしたり
場合によっては満たすためにビンを探すこともあるのではないでしょうか。
5については
ビンのかたちを丸くしている、ビンの厚さを薄くしている
そのことによって世界と直につながろうとする
そんなイメージをもっています。

だから
4の人には5の人のことはわからない。

なぜ、古来から
新しい概念の発想をした人がまず否定され虐げられるのか
悪貨は良貨を駆逐すると言われ続けるのか
ずっと考えてきました。

答えは
わからないから。理解できないから。だと思いました。

新しい概念の発想をする人は
世間やギョーカイのジョーシキにはとらわれずに
事実を探索し、検証し、考える人ばかりです。
つまり、地道な努力を怠らずに継続しています。

4の人は、自分が努力していないことを無自覚にわかっているからこそ
5の人を理解しようとせずに中傷したり足をひっぱるのだと思う。

自分がわからないことを、努力していないことを
自分が認めたくないから。

自分を支えるのは自分がしてきた努力だけ。

していないからこそ、
代理のもので空虚を満たさずにはいられないのだと感じています。
だから、他者をみる目もくもる。

はっきりいって
対人援助職には認められたい症候群の人がすごく多いと感じています。
詳細は「自分らしく働く」
http://yoshiemon.at.webry.info/200711/article_17.html
「最近よく耳にする言葉」
http://yoshiemon.at.webry.info/200711/article_18.html
に書きましたが。

露骨な人はもちろん
表面、一見、「やさしい」人に多いです。
でも、ちゃんとその人の言動にあらわれてしまっています。
「OTを理解してもらおうと思って」
「OTはここまで見ているんです」
そんなことよりも
対象者本位に働くなら
もっと先に他職種に伝えなきゃいけないことがあると思う。

大切なことは
まず対象者のためにその時々の最善をつくす。
そのための努力を継続する。
自分がした努力は自分が一番よく知っている。
誰が知らなくとも。
たとえ、わからない輩に誤解されたりしても、揶揄されようとも。

「Esteem」
この言葉の原義は「価値をおく」だそうです。
自分はいったい何に価値をおくのか
自分で自分を信頼できるように努力することに価値をおくのか
歪められた承認であったとしてもそれで満足なのか

よくあるパターンは
ケースカンファなどでおこります。
おかしいと感じたことは発言します。
Aのほうが適切だと思いますと。
そうすると、陰で「また言われちゃった」…と囁かれてしまいます。
発言の内容…つまり対象者にとってどうだったのかを検証するよりも
まず、自分が言われて傷ついた…ということのほうを優先する人が多いのです。
(どっち向いて仕事しているの?)
そして、その話題に迎合する人もまた多いのです。
(もちろん、言ったってわからないからと、ほっとく人もいると思いますが)

以前は漏れ聞くたびに
とても傷つきましたが
最近はとても哀しく感じます。

そして
「鉄は熱いうちに打て」
しかない。
そう考えています。

















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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
記事に取り上げてくださって有難うございます。
認められたい症候群・・確かに多いなって思います。影でのささやきも良くあると思います。
そして、きちんと会議の場で異論があれば言えばいいのに。。唱えるほどに異論があるわけでもないのでしょう。
また、「違う方法がいい」と、意見がでても、「こういう方法がいい」と、の意見はでない・・
じゃぁ、どうしたいのか問うと別の提案があるわけでも無い。
これが、スタッフならわかる。上司だったり、同僚だったりすると。。。ふぅ〜となってしましいます。
会議のテーマは事前に決まっていることなのに、事案についてどうすべきかって頭の中で青写真を描いてこないのないのだろう。感想を聞くでなくて意見交換したい。。。

2007/12/13 08:42
ほんと、いろいろありますよね。
愛さん、ご苦労お察しします。

それにしても
私が一番疑問に感じることは
対人援助職として
勤務中に考える基準が対象者ではなくて自分
…ということがなぜ恥ずかしくないんだろう。ということです。

speranza
2007/12/13 21:43
僕はどちらかというと晩学で、責任者になってから改めてその責任を果たすために勉強した人間です。もちろんその前から、学んだり考えたりしていましたが、タイs陣援助の理念って何だろう…そういったことを考えることで様々な今までの学習が生きてきました。
「相手の望むことを提供する」ことが基本…それが時にはパターナリズムの押し付けになるかどうかは、その相手の望むことを察する僕たちに愛があるかどうか…それしかないような気がしています。
愛するには技術がいります。マズローの欲求段階説はおなじみのものでしたが、僕が想像していた利用者の自己実現欲求は非現実的でないものねだりになっていたことがあります。自己実現とは日常でもかなえうることができる幸せ…相手の立場をわが身に置き換える訓練、それを自分からしていかなければならないのは、プロとして恥ずかしいことかもしれません。
カインとアベルの話は自分と他者の欲求を表したものと最近になって気付きました。相手が望まないプレゼントは相手にとってはうれしくとも何ともないこと。
それが理解できるのは、生まれついての心性もあるかもしれませんが、僕たちが気づき、その人が気づき、そして組織全体が気づけるそういった風になれば、介護現場の質が向上するのではないかと考えます。
銀河旋風児
2009/09/07 23:09
銀河旋風児さん、コメントありがとうございます。

気づきというのは、とても大切だと思います。

私にとっては、仕事をするうえでの1番のエンジンは、気づきが深まる…ということです。
繰り返し繰り返し発見がある…。

M・ポランニーは
「一つの世代から後続の世代への知識の伝達は、主として、暗黙的なものである。」と言っています。
「暗黙知が、個々の諸要素が共同して構成する存在に関与(=依拠)しながら、その諸要素の感知(awareness)に内在化することは、すでに見てきたところだ。こうした暗黙知の内在化を共有するためには、生徒は次のように推測しなければならない。すなわち、初めのうちは無意味に思われる指導も、実は、教師が実践しているのと同じような内在化を感知することによって発見され得る意味を持っている、と。」

感知awareness…には、commitment少なくともその意思が必要です。

でも、現実には、その「気持ち」はあっても「意思」のない人、この両者の違いがわからない人が少なくないように感じています。
そして、そういう人たちも悪気はないのです。逆に言うと、だからこそ、変わりづらいのではないかと感じています。
speranza
2009/09/08 21:13

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