『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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zoom RSS 活動の豊かさ その3

<<   作成日時 : 2008/02/04 21:33   >>

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たとえば
認知症をもつあるおばあちゃんが
きちんと編み目をそろえて指編みをしていらっしゃいます。

もしかしたら
ある人は
「なにかして時間を過ごす」という意味をうけとるかもしれない
…何にもしないでぼーっとしているのも時間がもったいないから
なんかすることないかい?と言われてはじめたことだから
そううけとる人がいるかもしれない
その人はおばあちゃんにむかって
「よかったね。やることみつかって。」
そう言うかもしれない。

もしかしたら
ある人は
「現実的になにか作ることができる」という意味をうけとるかもしれない
…物忘れがあって周囲の人とトラブルがあって
でも、なにか「かたち」に残るものをきれいに作ることができる
そううけとる人がいるかもしれない
その人はおばあちゃんにむかって
「すごいですね。きれいにできましたね。」
そう言うかもしれない。

もしかしたら
ある人は
「きちんとものごとを仕上げる人だった」という意味をうけとるかもしれない
…編み目をきっちりきっちり揃えることに細心の注意をはらっているから
そううけとる人がいるかもしれない
その人はおばあちゃんにむかって
「きちんきちんと編み目をそろえていらっしゃるんですね。」
そう言うかもしれない。

目の前の事実は
おばあちゃんが指編みをしているということ。
でも
当のおばあちゃんにとっての真実は何だろう…?

おばあちゃんにとっては
どれもが真実のかけらなのかもしれない。
だから
私たちが声をかければ
きっとおばあちゃんは言葉をかえしてくれると思う。

でも
その言葉は
私たちへの「返事」で
おばあちゃん自身の言葉ではない。

私たちは
自分の理解のなかで、世界を見つめている。
自分のありようにそって、相手とコミュニケーションしている。

おばあちゃんがしていることは
そんな私たちの声をすべて包んでしまう。

おばあちゃんが語るのは
もうひとつの言葉。

私たちが本当に聞きたいのは
返事だけじゃない…よね?











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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
創造することをその時代で普通に体現出来ていた人達
それはその時代に求められていて、今の人達と違い、ただ生きるために
本能におもむくままただガムシャラに、作る(籠・わらじ・和傘)、野菜を育てる、採る(野草、魚、野獣←ジビエ:さらに保存の為に加工)

ただ、一生懸命前に、家族・子を思い生きてきた。
その世代にとって創造(作る)ことに意味を
求めるなら

純粋に誰かの為に作る意味を与えてください、
それが、大きな一番の生きがいを感じると思います。そして、作品にじぶんの名前(作成者)を入れれば記憶を忘れても、自分が作ったというきっかけ(想起)になると思います。


我々、現代人は、情報に惑わされて、
純粋に周り(文化・環境)と生きてゆけない
から、難しく考えてしまうかもしれないですね。

子を育て終わった人達にとって、創造した物を
喜んでもらう事がどれだけの意味を持つか、
そして、子以外に、残す物(物質)まで求めてしまうのが人間だと思う。
元FD勤務のOTS
2008/02/18 01:06
元FD勤務のOTSさん
コメントありがとうございます。

誰かのために生きてきた…そういう方も大勢いらっしゃいますものね。

もしかしたら、がっかりさせるようなことかもしれませんが、残念ながら作品に名前を入れても想起につながらない方もいて、それこそが認知症が示す障害の特性…「覚えられない」わけなのですが。

「私にはこの瞬間瞬間があればいい」とは当事者のクリスティーンブライデンさんの言葉です。
「わたしは誰になっていくの?」「わたしはわたしになっていく」の2冊の本が出ています。
もし、よかったらぜひ1度手に取って読んでみてください。

speranza
2008/02/20 20:57
名前を入れる事と言うと、編んで入れると思われてしいますよね・・・
タグ(一般の服につくMサイズと記載されている)つけ、自分で書いた文字で、想起になると思ってコメントしました(遠隔記憶=永久記憶を手がかりにして、自分の書いた文字が自分の文字であるとの認識を手がかりにして)。
それだけでも、その作ったものに対し疑心暗鬼を抱きながらも物に対し愛着を覚えると思ったもので、それと人に喜んでもらったことに対し気分が持続する(セロトニンの分泌)といった器質的効果で快刺激を与える事は、前にsperanzaさんが言っていたバリデーションの効果と同じだと思います。
記憶も忘れ、少しの時間だけしか精神の安定は保てないかもしれないですけど、クライエントにとってのその時間は少しでも精神の安定になると思ったもので。
クライエントの記憶には残らないくても、笑って喜んで貰える事を行っているsperanzaさんはすごい事をやっていると思います。
非生産的で、形(物)には残らず、結果がわかりずらく達成感を得られづらいかも知れないですけど、医療従事者はすごい事をやっているとおおもいます。
元FD勤務のOTSさん
2008/02/22 21:59
私たちのしごとは因果なしごとです。
認知症をもつ方の困難や苦しみが解消されることを願いつつも、そのような方がいるから私たちのしごとがしごととしてなりたっています…。

元FD勤務のOTSさんが学生のうちから真摯に思考を重ねていらっしゃるのは立派だと思います。
どうぞこれからも対象者利益のためにはたらくということをいろいろな経験を重ねるなかでも繰り返し問い続けられることを願っています。

speranza
2008/02/25 21:55

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