『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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zoom RSS 発想の転換 その3

<<   作成日時 : 2008/07/15 00:01   >>

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明確に認識しておく必要があると考えていることは、どんな状態でもどんな状況でも私たちは「適応」しようとしている…ということです。

おそらく、たくさんの人が
(そうとは自覚せずに)
「リハビリ=マイナスの修正」と考えているからこそ
「これ以上は、プラトー(改善しない)です」
「やったってしようがない」
と言えるのだと思います。
まさに!

でも、本当は
どんな状態でもどんな状況でも私たちは「適応」しようとしている。
脳は、身体は、体験から予測し、修正を続けている。
能力を発揮しながら生きている。

だとすれば、リハビリはマイナスの修正ではなくて
プラスを伸ばすことだと思うのです。
今、できることはもちろん
埋もれていて表面には見えないけれど
その人自身のプラス。

だからこそ
今、できることをする
ということがどんな人にあっても、どんな時にあっても
大切なんではないでしょうか。

基本的に私たち人間は
コスト最小の原則で動作のパターンを獲得した…という考え方があります。
だからこそ、いわゆる「日常動作」には「固有のパターン」がある。

たとえば
目の前のコップを手にするときに
いろいろな「とりかた」があるけれど
たいてい、軌跡が直線になるように動かしている。

歩き方も共通した歩き方をしている。

効率の良い動作「パターン」をおこなう
…ということは、省エネ。

エコロジーが叫ばれるよりもずっとずっと以前から
私たち自身の身体を通して
省エネを実践してきた…ことになります。

そして、きっとそれは「怠けたい」がための戦略ではなくて
浮いたエネルギーを他にふりわける
もっと創造的なことにふりわけられるように
…ということのように感じています。

だから
寝たきりになると廃用症候群になる
というのも
廃用症候群=ネガティブなことではなくて
寝たきりという状況に対してコスト最小になるように
身体が適応した結果
とも考えられます。

だとすると
廃用症候群は悪いことだからこれを改善しようとするのではなくて
今の状態でちゃんと状況に適応できているからそれで善し。
今よりももっと善くなるためにどうしたらいいか考えましょう。
より善い適応
…という観点でみたら
その人の能力は必ずあるってことだし
私たちの対応ももっと変わってくるでしょう?

質的に
根本的に

そして
こういうことって
何も障がいをもつ人に限った話ではないと思うのです。







*ここで「適応」という言葉を使いましたが
 私自身、ちょっと違うな…という印象ももっています。
 「対応」「反応」「コミュニケーション」も考えましたが、それも違う…。
 環境に100%合わせる…という意味ではなくて
 環境の中で能力を発揮する…そのようなニュアンスを考えています。
 言語表現力が乏しくてすみません。
 ピタッとくる言葉がみつかるまで「適応」という言葉を使わせてもらいますが
 そのようなニュアンスを補っていただきながら、読んでいただけると助かります。
 













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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
 プラトーとは英語のPlateauで、高原・大地を意味する言葉ですね。急峻な山道を登り続けて、高原・大地にたどり着いた、暫くゆっくり進もう。と言うことで、私は、一時的な横ばいの状態になることをプラトーと考えます。この高原・大地は終着地点でもなく大きな壁でもないと思います。

 だから、この時期にリハビリを止めたり諦めたりするのは何故なのか不思議でした。この事が『中枢性障がいの健康保険でのリハビリ適用は180日まで』に繋がっていると考えている人もいると聞きます。

 私は発症から4ヶ月で装具なし・杖なし歩行が可能となり、上肢は補助的に使用できるまでに回復し、「これ以上の回復は期待しない方が良い」と言われました。今考えるとプラトーになったのでしょう。でも、「自宅で実際に日常生活の中で上下肢を使うのが最善のリハビリです」とも言われました。退院を進められたのではありません。

 退院して自主訓練で手が使えるようになったのは、発症から5ヶ月以降の訓練によるものでした。補助的に使用出来右段階に適応(満足)してリハビリを続けなかったら今の回復はありません
マサおじさん
2008/07/16 11:45
『補助的に使用出来右段階に適応(満足)して』は、『補助的に使用出来る段階に適応(満足)して』の入力ミスでした。
マサおじさん
2008/07/16 12:05
私が担当した方で、発症から15年目にして「もっとスムーズに歩きたい」と来所され、リハに励んだ結果、 歩幅も広くなり歩行速度も早くなり「足がつまずかなくなった」という方もいます。
(もちろん、筋力強化はしていません)

プラトーというのは「ここまで」ではなくて「ただいま調整中」の時期だと考えています。
適応を繰り返す中で必ず目立った変化のない時期がきます。
これを今まではプラトーと称して「回復困難」との判断につなげていたのです。
これは「リハビリ=マイナスの修正」「矯正」という考えがベースにあるからだと思います。
「リハビリ=能力発揮」「再適応」と考えれば、プラトーと呼ばれる時期は、実は次の新たな段階への調整中の時期…準備期間だと考えることもできると思います。
speranza
2008/07/16 22:39
蛇足ながら、私が使ったここでの「適応」という言葉の意味は「脳を含めた身体全体の、状況という場、つまり環境への反応」とでもいう意味です。
人間は環境との相互作用の中にいる。
それは一見表面的にはマイナスにみえることであったとしても、本当はその人にとって「能力発揮」という意味での相互作用をおこなっている。
外からマイナスにみえるからといって、内面も同じとは限らない…実は私たちは無自覚の「固定観念」でものごとを観ているから発想の転換ができにくいのでは…という考えがあるのでこの記事を書きました。
(廃用症候群が能力発揮だ…などと考える人はさすがに少ないと思います。いばるワケではありませんが)
speranza
2008/07/16 22:41
ですので、マサおじさんの場合を想定して言うならば、発症から5ヶ月後の段階でプラトーを迎えた…その時期のお身体が環境への反応として「能力発揮」していた(適応していた)けれど、脳を含めた身体全体の内部では、実は次の段階へより適応をするための準備中だった…そこであきらめずに自主訓練を続けた結果さらなる回復がみられた(より善い適応がみられた)ということでしょうか?

このままコメントしないで誤解を残すよりも
もしも蛇足だったとしても、誤解のないほうがいいと考えてコメントしました。
(長文で失礼しました)
speranza
2008/07/16 22:42
なるほど 良く分かりました。
ご丁寧な説明ありがとうぞざいました。
マサおじさん
2008/07/16 23:48

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