『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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zoom RSS じゃあ、どうしたらいいのだろう?

<<   作成日時 : 2008/07/17 23:14   >>

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よくよく考えるととんでもないことがなぜこんなにも省みられず起こっているのか

どうしたらとんでもないことを少しでも減らすことができるのか
いくつかアイディアはあります
まずは、「利用者さんをしっかりとみる」ことができていない
(なんて、エラそうに書いていますが
これは全ての始まりだし、ずっと続くことだし
第一「人1人を完全に理解する」なんておこがましい…
こちらが色眼鏡をかけてると利用者さんを歪んで見てしまうことになるし
ほんと難しいことではありますが、だからこそ大切なことだと思うんです)
じゃあ、どうしたらいいか。

ひとつには
たいていの養成校で習う
疾患別・障がい別検査一覧(苦笑)とでもいうものをなくせばいいと思います。

複数の養成校の評価実習を受けていますが
評価実習じゃなくて検査実習になりかねない…と感じることがしばしばあります。
だから、学生には
「検査実習じゃないよ。評価の実習だよ。違いがわかる?」
そう言って毎回、確認しますが
それでも、学生は一通り障がいから該当する検査をおこなおうとします。
(利用者の方に検査する機会というのも大切だとは思います)

老健ではよくあることなのですが
利用者が抱える病名、障がい名が全て療法士に伝わるわけではないのです。
一番よくあるのは「認知症」です。
HDS−Rの得点が1ケタでも認知症の診断名がついていない診断書がまわってくる
…ということもよくあるのです。
これは考えてみれば当然の話でもあって
どういうことかというと
現在の医療は完全な役割分担性…専門分化してますから
たとえば、HDS−Rの得点が1ケタのおばあちゃんが
転んで骨折してある病院の整形外科に入院して手術を受けた…とします。
特に騒ぐこともなく、「職員の指示にしたがって」(!)いられれば
そのまま退院を迎え、退院時の診断書には「骨折」に関することだけが記載される…ことになります。

認知症はわかりやすい例えですが
他にも、内科の医師が主治医なら整形外科の疾患名が記載されない
…なんてこともよくあります。

ですので事前情報だけを鵜呑みにすると
申告されていない「障がい」を見落とす…ということがあるのです。
(これは学生に限った話ではありません)

疾患別・障がい別検査一覧を習うがために
それに頼って、その人そのものをみようとしなくなってしまう
…そういうことがあるのです。

私の代案は
疾患別・障がい別に起こる困難…これはしっかり教える
それと別に(あえて別にして)検査とその目的と方法を教える
個々の症状と検査法を照合・統合するのは学生…ということになります。
学生にとってみれば大変かもしれませんが
(もしかしたら、大変だったからこそ、苦労軽減のためにこういう教育方法がとられたのかもしれませんが)
そのほうが将来、常に全体像を把握する、自分で検査を適切に選択する…という姿勢が身につくのではないでしょうか。

「良かれと思って作ったマニュアルがマニュアル化人間をうむ」
こういう弊害が起こっているように感じています。











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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
疾患別検査一覧・・・見に覚えがあります・・・

speranzaさんの意見に共感する部分が多いです。

確かに、障害とその検査を学ぶことは病態像を知るための方法を学ぶことであり、これをやらなければセラピストとはいえません。

しかし、障害はその人全体のほんの一部でしかありません。広い視野で見る必要があります。その人(や家族)のニードを達成するには…と考えていくと、障害別検査一覧のほかに、どんな個性なのか、どんな家族なのか、どんなことが好きなのか、どんな動きをしていてそれを見た人はどう感じるのかということに考えが及ぶと思います。人間は考える葦であります。ニードを達成するために考える必要があります。

よく「疾患ではなく、人をみろ」と教えられました。疾患に対する検査だけでなく、個人因子、環境因子や、価値のある活動や、その人ができない原因をとにかく評価することが大切だと思います。

まとまらなくてすみません
MTひろ
2008/07/18 22:47
MTひろさんのおっしゃる通り、ICFを活用してみていって統合することが大切だと考えています。
そして、統合したものを利用者利益のために還元することがもっと大切だと考えています。
speranza
2008/07/19 22:22
大病院や大きな施設等は特に・認知症を見極めることの難しさを体験しました・・。
父は初めは足の痛さを訴えて某大学病院へ行きました。その時でも『歳によるもので、あまり心配いりません』と数分の診察でした。しかしなかなか治らず痛みだけが残り、それからは病院のハシゴみたいに探し今の病院で初めて『坐骨神経痛から起きた圧迫骨折です』と診断されました。その時の医師に初めて『認知症もありますね』と言われました。言われて見れば繰り返し言葉に閉口してた母が私に溢していましたが、その時は同居ではないので気が付きませんでした。整形外科、外科、内科等と病院へ行く度に病名も様々でした。病院内の盥回しみたいでしたね。
でも医師だけの問題ではないのではと思えたのも事実です。父本人は上手く説明できなかった訳ですから、やはり家族が明確かつ的確な症状を告げなければ・見逃してしまうのかも知れませんね。。
医療とは家族、患者、医療関係に携ってる人達との連結プレーが大事なことだと・・
これからも、そう在りたいと思っています。
すみません。失礼なことを言いました。。
おはねちゃん
2008/07/20 00:22
>医療とは家族、患者、医療関係に携ってる人達との連結プレーが大事なこと

おっしゃる通りだと思います。
誰かが欠けてもうまくはたらかない…。

医師はよく「大丈夫だから」とご家族に言うようです。確かに今すぐ命に関わることではないかもしれません。でも、今ある症状は何を意味するのか、ふだんどんなことに気をつけたらいいのか…そういう説明をしてほしいな…と感じることもよくあります。ご家族は状態像や検査結果の数値だけ言われてもそれらが意味することについてはわからないことも多いのです。ただ医師から大丈夫と言われたことで安心している…でも実際はというケースもあります。

連結プレーが機能するためには、事実をきちんと伝え合う、受けとめ合う…ことが最初の一歩でしょうか?

まさしく、おはねちゃんさんのコメントの内容そのものをおっしゃった方の言葉を思い出しました。
「私もがんばった。先生もがんばった。家族もがんばった。だから私はここまで良くなったと思ってる。」

speranza
2008/07/20 23:20

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