『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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zoom RSS 発想の転換

<<   作成日時 : 2008/07/08 00:07   >>

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認知症をもつ方に大切なことはできることをすることの援助だと思います。

ところが、現実に多いのは
(もちろんご家族も対人援助職も、良かれと思ってのことだとは思うのですが)
できないことを、失われてしまったものを何度もやらせられて
失敗して、なんでできないんだと怒られたり…
そうなると悪循環…お互いに苦しいです。

なんでこんなことができないんだろうという焦りや不安や
なにかおかしい、どこか違うということはわかっても
どうしたらいいのかわからない焦燥感や困惑
しかも、そのことを相手に伝えようとしても言葉にならない。

当事者のクリスティーンブライデンさんは
言葉を話そうとしている間に頭の中に浮かんでいた言葉が消えていく
…とおっしゃっていました。

そんなときに
「なぜできない」
「怠けている」
「やる気がない」
「もっとがんばらなきゃだめよ」
などと言われてもそれこそどうしようもなくなってしまう。

じゃあどうしたらいいのか

今までの身体的な介助では
できないところの介助の「しかた」の方法論について
おきあがりはこうしたらいい
トランスファーはこうしたらいい
…そういうことだったと思う。

でも、認知症の場合にはそうはいかない。
困ったときの対応法
徘徊のときはこうしたらいい
被害妄想にはこうしたらいい
…でも、そういうことにはならない。

巷で言われている「マニュアル」が本当は役に立たないことは
ご家族が一番身にしみて感じている事だと思います。

認知症をもつ方の困った「気持ち」の結果として「行動」にあらわれてくるんだから
行動だけどうこうしようとしたって
仮にその場はどうこうできたとしても
別の行動となってあらわれてしまうと思います。

そんな時に
バリデーションは「気持ち」に対して直接アプローチできる方法だと思うので
たくさんの方に知ってほしいと願っています。

でも、それだけじゃ後追いだとも思う。
対人援助職としては、「援助」なんだから
打って出なくちゃ…と感じています。

できることをみつける

日々の暮らしのなかで
できたことを指折り数えてともに喜び合えるような

それは
雑巾を縫ってもらえたら縫えました
字を書いてもらえたら書けました
…そんなことじゃなくて
当たりまえだと思っていたことができることのすごさにお互い気づけるような
そんな繰り返しの合間に
ふと気がついたらこんなこともできていた…とか。

でも
こういうことって
本当は認知症をもつ方に限った話ではないように感じているのです。













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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
そうです。認知症でなくても、半身マヒでも、
ほんの些細なことが、出来るようになった時、
気付いて、褒めてあげることが大事だと思います。一人だったら、自分を自分で褒めて、その上を目指します。身近に居る人が褒めてくれたら、もっと、嬉しい。頑張れると、思います。
くにくに
2008/07/10 18:31
家族の中にいても常に孤独感に苛まれると祖母が話していたことを思い出しました。
赤ちゃんの時には笑顔が絶えず、何時も賑やかですが、老人の場合は誰一人寄ってくれないと、言ってた寂しそうな横顔が今でも記憶にあります。認知症や身体を患っている方は特に敏感なのでは・・
人はその時にならないと分からないと言いますが・・果たしてそうでしょうか?
実際に目の当たりにすると、私は自分の親でもどこかで逃げているように思えてなりませんでした・・当初は。。
自分の親でありながら・・父が変貌していく姿を認めたくないと言う気持ちの方が強かったんです。しかし父にも記憶の一部分でも残ってることを見つけた時は、本当に自分でもビックリするくらい嬉しかったです。。

おはねちゃん
2008/07/10 21:09
何れそれもなくなってしまうであろう記憶でも
今現にある記憶に少しでも私達家族が入れるように父に残せたらと想い、父の言動を静観するのでなく、父の記憶の中に入る為には、如何したら良いかと・・。
まだまだ尊い命だと尊厳してあげることが良いのかと・・
まだ母や義父母も控えています^^;
介護とはよく分かりませんが・・特別な事ではなく当たり前と・・共存なんだと認識し始めました。。これからですね。。
長くなりなしてごめんなさい。。
おはねちゃん
2008/07/10 21:17
くにくにさん、コメントありがとうございます。

頑張った結果、できたときのうれしさを分かち合える人がいたら…すごくうれしいですよね。
努力の過程を知っているからこそ、ですよね!
speranza
2008/07/10 22:20
おはねちゃんさん、コメントありがとうございます。

ご家族だからこそ、気を使うお年寄りが多い中、お祖母さまは、おはねちゃんさんだからこそ、安心してご自身のお気持ちを吐露することができたのではないでしょうか。

すみません。良く知りもしないのに勝手なことを言うようですが、でもお年寄りは本当によく見ていて、相手を選んでお話をされるように感じています。

当事者のクリスティーン・ブライデンさんは
「私には瞬間瞬間の記憶しか残らない。その瞬間を楽しめた…それだけで十分」
と語っていらっしゃいました。

2007/2/21や2005/10/23の記事ももしよろしかったら見ていただけるとうれしいです。
speranza
2008/07/10 22:38
2007/2や2005/10の記事見つけられませんでした。
おはねちゃんさん、お父様の変わられた姿を認めたくないと言う気持ち、良く分かります。
私もそうでした。ところが、姑の時は、全く違って、どう変わっても、冷静に認められたんですよ。ヤッパリ、他人だからでしょうか、
ところが、息子である主人はボケを認めないんです。
単なる物忘れと、主張してます。
おはねちゃんさんのように、介護の渦中に居て、気づいて考えてる人って、凄いとおもいます。だんだん出来ない事が増えていく人に、手助けが増えていく、いつまで続くかわからない介護です。無理せず出来る範囲で付き合ってあげてください。勝手な言い方お許し下さい。
ご自分の健康を第一に考えてくださいね!
くにくに
2008/07/13 11:17
くにくにさん、コメントありがとうございます。

過去の記事については
お手数をとらせてすみませんが
新しい記事「発想の転換の記事の続き」からご確認いただけますか?

こんなふうにしっかり記事やコメントを読んでくださるなんて、とてもうれしいです。
speranza
2008/07/13 21:55
speranzaさん
くにくにさん・・
お返事ありがとうございます^^
この場でたくさんのことを教わり・・また
拙いコメントに丁寧にアドバイスや助言等を頂きまして本当に嬉しい所存です。。

与えられた環境や境遇は真摯に受け止めることに依り、それを出来る範囲に全うすることで初めて自分の幸せが来るんだよ・・と祖母から教わりました・・。
祖母も最後は徘徊し・・母が大変苦労したのを覚えています。。
今は・父を看ながら奮闘していますが・
その母が・・今度は私達兄妹が・・母を看る番だと思っています。。
これは、、生きて行く上に欠かせない回路ではないでしょうか??

それには介護者が健康でストレスを溜めない工夫も必要不可欠なんだとおもいます・・。
色々とありがとうございました。。

過去の記事もゆっくり読ませていただきますね。多くの方との交流を大切にしたいですね♪
おはねちゃん
2008/07/17 22:58

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