『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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zoom RSS Rehabilitationは主体的参加(自主トレ)が大切

<<   作成日時 : 2008/12/15 20:47   >>

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Rehabilitationの目的はなんといっても脳の回路形成にあるのですから。

自分でがんばらなければ回路はできないのです。

新しい回路を使うぞという意思。
新しい回路を使い続ける体験。

その繰り返しで身体が動くようになってくると思うのです。
Re-Habilis
再び適する

回路がない時には回路を作っておく必要があります。
そこは療法士との共同作業…ともに身体を動かす…になります。

共同作業ですから
決して療法士にお任せせずに
動かされている身体の動きや感じに神経を集中していただくことが大切です。

関節可動域訓練ROM-Exについては以前に記事にしましたが
(もう1度まとめ直そうと思っていますが)
この時だってそうです。

療法士にやってもらうリハビリになってしまっては回路ができません。
療法士は患者さん利用者さんを受け身にせずに
主体的にRehabilitationの「場」に参加するように説明し、促すことが大切だと考えています。

その方が自分でできる自主トレを設定して
(適切に自主トレを設定できる…ということは実はとても難しいことですが)
その課題のポイントや方法、望ましい動きや望ましくない動きをきちんと説明して
適切におこなっていただけるようにすることが大切なしごとだと考えています。

そして大切なのが休息のとりかたの指導と
自分でおこなえるリラクゼーションの方法の指導です。

私はうるさいくらいに「こまめに休んでくださいね」と言っています。
こまめに休みながらも何回も繰り返し。
中にはきっと耳タコ状態で「しつこいなぁ」と思われている方もいるかもしれないですが。
休息のとりかたは回数で設定もしますが
それはあくまでも目安であって
大切なことは身体の動きの感覚に正直になること
疲れたらやすみどき。
身体の声を聞くこと。

筋緊張を亢進させてしまい身体が硬くなってしまうことを防ぐことは非常に重要なことです。
動けるようになる
できるようになる
のは、とても良いことですが
身体のはたらきに目を向けずにどんどん運動していくと
後になって身体が硬くなってしまい
できていたはずのことができなくなってしまうこともあるのです。
このことはご本人やご家族の方には
あまり理解されていないことが多いようで
(療法士にも真意が理解されていないことがあるようなので
きちんとした説明と対応方法の指導も受けていない場合もあるのではないでしょうか)

疲れたら休むことの積極バージョンがリラクゼーションです。
これはなかなか最初は自分ではできません。
ストレッチを指導されることもあると思いますが
先の記事で書いてきたように
脳の回路の機能不全による身体の障がいなのですから
動かない…動きにくい…という障がいだけでなく
動きすぎると硬くなってしまう…というのも
脳の回路の機能不全によるものです。
身体は全体として対応している。
全体のはたらきの中で個のはたらきを考える
…のですから、個別の筋肉のストレッチもいいけれど
全身のリラクゼーションを自主トレでできるようになったら
どんなにいいでしょうか。

積極的に運動し
疲れたら休息し
過剰にはたらいた身体をほぐせる

そうなったら
自主トレがどんどん良循環の作用をします!

ただし
これがまた難しい…。
自分の身体を自分でほぐせるようになる
…というのは、ある意味で動きの練習をするよりも難しいことのように感じています。
なにか良いアイディアがあったらご教示ください。

体幹の筋については
リラクゼーションをするなかで
少しずつご自身でしていただけるように説明して実践していただいています。
ひとつの方法論として近いうちに記事にしてみます。

私は
究極のリハビリは療法士が関わらなくてもよくなること
だと考えています。

そのためには
Rehabilitationの場で療法士による抑圧や支配がおこなわれてはならないと考えています。
それはよく聞く父性的なものであったとしても
一見わかりにくいけれどこれもよくある母性的なものであったとしても

それらは、信頼とは似て非なるものだと思います。













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コメント(9件)

内 容 ニックネーム/日時
>自分の身体を自分でほぐせるようになる

これは自律訓練法のようなものとかかわるのでしょうか?


>それらは信頼とは似て非なるものだと


私もそんな感じがしています。では信頼とはどういったものなのでしょう?
Sparrowhawk
2008/12/16 00:35
 私は脳内出血で左上下肢が麻痺したときに、私の担当になった療法士さんに聞いたことがあります。先生は「トレーナー」ですか、それとも「コーチ」ですかと。
トレーナーは、選手の健康管理や、練習指導をする人。コーチは、選手が自ら望んで行動をおこせるように、対話を通してサポートする人。
 答えは、よく覚えていないのですが、トレーナーでもありコーチでもある。だったと思います。
 だから、リハビリとは療法士さんにしてもらうのではなく、まずは自らが望んで訓練する気持ちが必要である、と思いました。
 speranzaが言われる次のフレーズに相当すると思います。
>自分でがんばらなければ回路はできないのです。
>療法士にやってもらうリハビリになってしまっては回路ができません。
 私は多くの療法士さんにお世話なりました。そして機能回復が進んだのは、療法士さんと私は、お互いに信頼しあえる関係が出来ていたからだと思っています。
マサおじさん
2008/12/16 08:19
ここで私がいうリラクゼーションとは、自律訓練法とはまったく別のものです。
脳の回路の機能不全によって起こる筋肉の過緊張(通常のこわばりとは違う緊張)なので実際に筋肉がほぐれてリラックスする…という体験を現実にしないと脳の回路の再建につながらないと考えています。
(リラクゼーションも最初は療法士にしてもらっていても最終的にはご自分でできるように援助することが大切だと考えています)
また、血管も平滑筋という筋肉でできていますので脳卒中の影響は平滑筋にも及ぶと言われています。
脳卒中後遺症を持つ方は筋肉がこわばっていることが多く血管が圧迫され血流が阻害されるとも言われています。
ですので私は脳卒中後遺症をもつ方に自立訓練法はおこなっていません。

>私もそんな感じがしています。では信頼とはどういったものなのでしょう?
Sparrowhawkさんは既にお答えをお持ちのようですが?
speranza
2008/12/16 22:05
>リハビリとは療法士さんにしてもらうのではなく、まずは自らが望んで訓練する気持ちが必要である、と思いました。

マサおじさんのおっしゃるとおりです。
ところが現実には療法士にしてもらうのがリハビリ…という考えがまだまだ非常に強く残っています。同時にその現実は療法士の側がそういうものだと表現してきたということが現在進行形で起こっているのだ…と考えています。

でも脳に代替回路を形成するのですから「やらせる」「してもらう」では再建できないと考えています。当然のことながら「おれが治してやった」「私が歩かせてやった」ということもあり得ないと考えています。

そのためには療法士が言うことを丸呑みするのではなくて、患者さん利用者さんがご自身で噛み砕いて咀嚼してから飲み込んでいただきたいと思っています。それが回路形成につながるのだと考えています。
そのためには、まずは療法士の側がそのことをきちんと伝え、援助し、実践することがまずなによりも重要だと思います。
speranza
2008/12/16 22:18
私たちはたくさんの患者さん利用者さんに出会いますが、当の患者さん利用者さんにとっては生まれて初めての経験なのですから。その当たり前のことが忘れられているように感じています。
speranza
2008/12/16 22:18
>speranza さん

>血管も平滑筋という筋肉でできていますので脳卒中の影響は平滑筋にも及ぶと言われています。

平滑筋ということは自律神経系を含む末梢神経系がかかわっていますよね?また,自律訓練法は(最初は治療者の援助が必要かもしれませんが最終的には)自己コントロール法ですので speranza さん意図されていることに近いのかもしれないと思ったのです。もちろんそのままではリハの現場では使えないのではないかとは思いますが。

>Sparrowhawkさんは既にお答えをお持ちのようですが?

「支配と服従」とは異なる次元の「信頼」を sperannza さんがどんなふうにとらえてらっしゃるのかはよく分かっていないかもしれませんから,教えていただきたいのですが…。
Sparrowhawk
2008/12/18 19:53
自立訓練法の適応は、脳の回路の解剖学的機能不全もなく末梢血管や筋そのものの生理学的障がいもない…情緒的な問題で自律神経が適切にコントロールされていない状態像が適応だと考えています。
脳卒中後遺症による筋の過緊張は適応ではないと私は考えています。(この記事では脳卒中後遺症の筋の過緊張緩和がテーマですので)
たとえ、二次的な弊がいは同じ様なかたちであらわれたとしても、使い方がそのままでなかったとしても、対象や考え方の根拠は異なるものです。
大変失礼ながらSparrowhawkさんのコメントは、当事者の方に混乱を招くおそれがあると思うので、敢えて重ねてコメントさせていただきました。

>「支配と服従」とは異なる次元の「信頼」
について私の考えを述べても今までと同じことの繰り返しになるだけだと思いますのでコメントを控えさせていただきます。ご了承のほどお願いいたします。
speranza
2008/12/18 22:02
>speranzaさん
>対象や考え方の根拠は異なるものです。

対象は異なります。ただ方向性は近いように感じたのです。催眠から自律訓練法が離れたのはまさに,「自分の身体を自分で」リラックスさせられるようにするためでした。催眠状態にある人の感覚(重感,温感など)を自覚的に体現していくという方法は speranza さんのおっしゃっていることとかかわりがあるかと感じたのです。リハについても,自律訓練法についても専門ではありませんから,戯言にすぎないとおっしゃるならそれまでですが,意図を理解していただけた感じがしなかったのであえてコメントさせていただきました。

>同じことの繰り返し

私が speranza さんから学ぶことは多いのですが,speranza さんにとってはそうではないばかりか不快なようですね。大変失礼致しました。

>当事者の方に混乱を招くおそれがある


Sparrowhawk
2008/12/18 23:19
原因の異なる過緊張についてはなにかヒントはないかと常日頃思っていたものですから,ついコメントをしてしまいました。でも,

>当事者の方に混乱を招くおそれがある

のであったとすれば大変申し訳ございませんでした。
Sparrowhawk
2008/12/18 23:25

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