『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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zoom RSS 歩くときは良いほうの足の動きに気をつける…補足説明A面

<<   作成日時 : 2008/12/04 23:25   >>

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麻痺していないほうの足が「べた足」とは…?

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前の記事でマサおじさんが書き込まれたように
たいていの人が麻痺していないほうの足が「べた足」となって歩いているのです。
べた足…つまり、足の裏全体を同時にべたっと着地させて歩いているのです。

私が学生の時には
脳卒中後遺症で麻痺が生じている半身を「患側」
麻痺が生じていない側を「健側」
…と言うようにと教わりました。
が、実習指導で学生をうけもつといつの頃からか学生が
「麻痺側」「非麻痺側」と言っているのです。
あぁ、こっちのほうがずっと適切な表現だなぁ…と思いました。

まさしく「非麻痺側」であって「健側」ではないのですから。

身体は全体として、はたらいていますから
半身に麻痺が生ずれば自ずとかばうようにはたらきます。
なんとか、麻痺した半身を動かそうとすれば
その時点で全体としてのバランスが保てるように自動的に身体が判断して動きます。
それは麻痺のない時とはやっぱり異なるはたらきです。

歩いている時の支えとなっている瞬間(立脚期)の非麻痺側の足の裏はべたっと床面についています。
一見すると非麻痺側の立脚期は長いように「見える」ので
非麻痺側はきちんと身体をささえていられるようでいて
支えとしての「はたらき」には「動き」がありません。
支えの足が動いてしまったら…転んでしまうからです。

つまり、左片麻痺の方の場合、歩いていて右足が立っている状態の時に
右足全体がべたっと床面にくっついていて
右足の自然な踵接地〜つまさきでのけりが有効にはたらけない
…つまり、右足=健側=非麻痺側なのに
立脚期は一見長く「見える」けれど
実際の支える「はたらき」は不十分…。

ちょっと試しに片足立ちをしてみてください。
立っている時は足がピタッと静止しているわけではなくて
足の裏全体でうにうにと動きながらバランスをとっているでしょう?
逆説的に聞こえるかもしれませんが
動きがある…ということはバランスがとれる…安定しているということなのです。

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そして道具使用の問題も…。
たとえば、多くの方が一時的にであれ、相当の期間であれ、杖を使用すると思います。
道具は身体を拡張するようにもはたらきますが
反面、道具を使うということは自然と身体も道具に適応するように促されます。

…詳細は「身体の不思議」シリーズをご参照ください。
http://yoshiemon.at.webry.info/200810/article_3.html

杖は、重心の基底面を広くし安定性を向上させるためのひとつの道具ですが
身体は杖を使う身体として、はたらきを変えていきます。
どういうことかというと
通常、私たちは両足それぞれに体重を均等に分散させて立っています。
(本当は、いろいろな立ち方ができる…立ち方にバリエーションがある…というところが最も大切だと思うのですが、今はそれはさておき)

ここで、杖を使うとどうなるか…。
重心は右方向へ自然と寄ってしまいます。

杖という道具を使うことで
歩行の安定性は増したけれど
杖という道具を使う身体に変わった…身体を非麻痺側の足の裏の小指側で支えるように変わった…と言えると思います。

それではここで体験コーナー!
足の裏の小指側に力をいれて片足立ちをするのと
足の裏の親指側に力をいれて片足立ちをするのと
どっちが安定するでしょう?
いかがでしたか?





そして、ここまで読んでくださった方の中にはお気づきになられた方もいらっしゃると思います。

歩いている時に麻痺側の足の動きに過剰に意識を向けさせることは
たとえ意図していなかったとしても
非麻痺側の足の立脚期のはたらきを低下させてしまう
…つまり、立脚期がべた足であるということは
バランスが不安定だということです。
…つまり、リハビリによって非麻痺側(健側であるはずの)の足のはたらきを阻害させてしまっているおそれがあるかもしれない…ということです。

マイナスの修正はよくない
身体の部分的な修正はよくない
身体は全体と個が協調してはたらいているという観点でみたほうがいい
…etc.etc.という私の考えの根拠の一端でもあります。










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コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
 私は左半身に麻痺が残っています。来年の1月で発病から6年になりますが、リハビリ病院をを半年ほどで退院して、すぐに電車での通勤勤務を再開しました。そのときは、左右同じような歩幅で歩くことが出来なく、麻痺のない右足で歩いていました。つまり、左足が地面に着いて身体を支える時間を少なくしようとするからだと思います。そして、左足で体重を支えたと同時に右足を地面に着けようとします。おそらく転倒しないようにそうなるのかと思います。急いで右足を着地して、体重を右足に移動しようとすると、べた足にならないと転倒するように感じます。自然とそうなるのでしょう。
マサおじさん
2008/12/05 12:22
 こういう左右同じではない歩き方を続けて、麻痺の左足を保護?すると、改善はこれ以上進まないか、場合によれば悪影響が出るのでは無いかと思います。2年ほどで退職して、暇が出来ると散歩をするようになりました。すると、この左右同じでない歩き方は良くないことに気づき、左足で歩くように心がけたのです。もちろん『踵接地〜つまさきでのけり』を心がけて。それ以来2年半、左足は『踵接地〜つまさきでのけり』が出来るようになっていました。右足は当然出来ているはずでした。しかし右足は『べた足』だったのです。麻痺が起きて、最初に歩く練習を始めてからの悪い癖が身体に染みついていたのだと思います。麻痺のない右足の『べた足』を止めようとするのですが、一度身体が覚えた(本当は脳に記憶されたのでしょうが)『べた足』は、短日時では修正できません。慌てないで毎日・毎回気をつけて歩こうと思います。
マサおじさん
2008/12/05 12:23
 杖のお話がありました。私は急性期病院で杖歩行の指導を受けたのですが、回復期病院に転院してすぐ、杖無し歩行の訓練に入りました。そして、「杖なしで歩けるなら杖は使わない方が良い」と言う指導をうけ、以来杖は使用しません。いつまでも杖を持つと杖歩行に慣れてしまい杖が手放せなくなると聞きました。現実に杖なしが可能であるのに、手放せない人が意外に沢山おられるのではないでしょうか。回復期病院でもよく見かけました。
マサおじさん
2008/12/05 12:25
マサおじさん、詳しく教えてくださってありがとうございます。

>べた足にならないと転倒するように感じます。
転倒への恐怖は私たちの身体に染みついている…と誰かのなにかの本で読んだ記憶があります。
甲野善紀先生が「転ぶことが(一本歯の下駄の)1番の早道」と言っていたので早速試してみました。
「よし転ぶぞ」と。でも転べませんでした。
手を上げるぞ…と思えば上がり、歩くぞ…と思えば歩けるのに、転ぶぞ…と思うと絶対に転べませんでした。リハ室の床がすごく怖かったです。ましてや外のアスファルトや砂利道では…。
転倒しないための安全対策を身体は備えていますが、それ以上のなにかがあるのかもしれません。
speranza
2008/12/05 21:40
私が疑問に思うことは、動作の練習をしてある動作ができるようになるまでは動作分析をするけれど、動作が獲得できたらあまり身体のはたらきの確認がなされない傾向があるように感じます。
たとえば、独歩ができるようになって喜んでおられた方がいます。ある時その方のお身体を触らせていただいたら体幹はガチガチでした。聞いてみると「背中に丸太ん棒が通ってるようで辛い」と言うのです。
独歩ができるようになったのはとても良いことですが、このまま独歩の距離を伸ばしていったらどうなるか…と思ったことがあります。

まず、練習してとにかくなんでもいいからできるようになることが先だとは思います。できるようになったら「姿勢」を直接的に修正するのではなくて、そのできかたがより良くできるようになるために、身体のどんな「はたらき」が投影されているのか確認する。そして望む「姿勢」になるためにどんなはたらきがあらわれたらいいのか…。そのはたらきを「引き出す」その結果として「姿勢」がよくなる…というような練習方法を考えるといいのではないか…と感じています。
speranza
2008/12/05 21:42
>一度身体が覚えた(本当は脳に記憶されたのでしょうが)『べた足』は、短日時では修正できません。
おっしゃるとおりです。
一度身体が体験したことはそのままありのままに残ると考えています。
と同時にこれから体験する「環境下」での身体を守るように身体ははたらきます。
たとえば、テーブルの周りを片手で支えながら歩くとか、身体は寄りかからなくても壁沿いに歩いてみるとかはいかがでしょうか?
動作というのは、案外視覚の影響も受けるものです。
転倒しないまでも、転倒する危険があると身体が感じたら安全確保のために身体は緊張状態になると思います。
新しい「動き」にチャレンジなさる時には、どこかで「支え」を保証あるいは保障しながらなさるとより円滑に運動学習が進むのではないかと考えています。
いずれにしても、同じことを違うやりかたでおこなう…ここで言えば、歩くということを違う歩き方に切り替える…ということは実はとても難しいことだと感じています。
焦らずあわてずでも着実に…陰ながら応援しています。
speranza
2008/12/05 21:43
>「杖なしで歩けるなら杖は使わない方が良い」

私もそう考えます。
ただし、杖なしで身体がどんな風にはたらいているのかの確認といわばそのメンテナンスが大切だと思います。
じゃあ杖歩行ならメンテナンスがいらないかといえばやはり必要で「杖」を「身体にしない」ために、あくまでも「転ばぬ先の杖」として使い続けられるようになるためのメンテナンスが必要だと考えています。
speranza
2008/12/05 21:49
麻痺していない側の異常な動き・・・これは本当に良く感じます。

麻痺側への修正を指導してゆく中で、どうしても改善しない状況になった時、 健側・・・そうですね、非麻痺側がオカシイ動きをしている事ありますね。

股関節が外方へ出され 殿筋を使わずに関節の可動域制限で止めている方をよく経験します。初め発見した時、 健側なのに?っと。

杖と体が一体化・・・凄い緊張で腱鞘炎、手首が壊れかけてしまいそうな方へ、如何に力を抜いて、杖に自由を与えるか。杖が自由でなければ、バランスを崩しそうな時に杖として働かないと思うんです。

ぎゃーろ
2009/01/29 01:04
ぎゃーろさん
私は「身体は身体を守っている」と考えています。ですから、「異常な」動きも「オカシイ」動きもあり得ない…と思っています。どんなはたらきをしていたとしても、それはその時その状況で身体が身体を守るために最善のはたらきをしていると考えています。
言葉の使い方…ということを私は非常に大切に考えています。どんな言葉を選んで使うか…それは言葉を選んでいるのではなくて、言葉を使う人の概念を現すものだと感じているからです。
私が「歩くときは良いほうの足の動きに気をつける」という方法論を選択しているということ、そしてそれを記事に書いたということは…現在のリハのあり方に対して根本的な疑問の投げかけをしている。そして対案として別の考え方を提案した…そういうことなのです。
speranza
2009/01/29 20:53
speranzaさん
そうですね。オカシイとか異常な動きとか、それは結果でしかなく、そうなる理由があって、それも最善の機能のとして身体が選択をしているという見方解る気がします。

本当に人の身体は奥深いものですね。
ぎゃーろ
2009/02/08 15:09

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