『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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zoom RSS 輿論と世論

<<   作成日時 : 2009/01/11 16:50   >>

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少し前の朝日新聞の私の視点「民意とは何か」に掲載されていました。

京都大の佐藤准教授の言葉です。


戦前までは、「輿論」と「世論」という言葉がきちんと使い分けられていた。
前者は意見、後者は気分を指す。
戦後はその区別を見失い、輿論が世論に飲み込まれていった。
私は今の時代こそ、それを意識的に使い分け、言語化できない世論=気分を
対話可能な輿論=意見へと作り替えていく作業が重要だと思う。

世論調査を通して表れる民意とは、「意見」というより、
その時々の情緒的参加による「気分」(空気)に近い。


本当にその通りだ…と感じました。

根拠を明確にした論理的な意見ではなくて
事実を確認もしない思い込みや感覚でものを言う人もとても多いです。
プライベートなら私の関知するところではありませんが
仕事でそれをやられると…本当にまいります。
利用者さんに関わることなのに、何故確認しないで平気でいられるのか
私には本当に理解できません。

先の記事でも書きましたが
世の中が便利になると
「ちゃんと」やらなくても生活できてしまいます。
たとえば…昔だったら、ご飯を炊くのだって
水をこぼさないように運び
お米をといで水加減をして火加減を「ちゃんと」しないとおいしいご飯が食べられません。
でも、今は無洗米もあるし炊飯ジャーの機能もいいから
自分が「ちゃんと」しなくても、機械や対象のほうで「ちゃんと」してくれてしまいます。

対象を見つめ
対象に働きかけ
対象の変化を感じとり
自分の働きかけを調整する

かつては日々の暮らしの中で当たり前にしていたことが
ボタン1つで遂行完了が当たり前となった今では望むべくもないことなのでしょうか。

そしてこれらのことは
若い人に多いように思われるかもしれませんが
年齢には関係ないように思います。

例えば
環境整備に気をつける…ということは気をつけましょうと復唱することではなくて
ゴミが落ちていたら拾う、廊下が水で濡れていたらふきとる…というように
自分の行動で示すことだと思うのです。
環境整備に気をつけるというスローガンを掲げても
廊下にこぼれている水をそのままにしていたり
会議の場で感想は言えても問題解決への提案という意見が言えない
…という「かたち」であらわれていることがらは
もっと根深い次元で始まっていることがらのように感じています。








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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
>私は今の時代こそ、それを意識的に使い分け、言語化できない世論=気分を
>対話可能な輿論=意見へと作り替えていく作業が重要だと思う。

 私も常々そう考えていました。
テレビ・ラジオのコメンテイターが根拠のない意見を述べたり、論理に欠ける話し方をするを聞くのは嫌になります。
 
>感想は言えても問題解決への提案という意見が言えない
 のですね。コメンテイターだけではなく、そう言う人が増えているのですね。そう言う人のコメントは、まるで人ごとのように聞こえます。
マサおじさん
2009/01/11 21:44
>まるで人ごとのように聞こえます。

そうなんです!
「しかたない」「忙しい」「無理」…でも必ず打開策はあるんです。(どんな仕事だって予算や納期などの限定条件のない仕事なんてないと思います)
Bestを望むのではなくてBetterの積み重ねでできていくこともあるんです。
なのに、そういう感想派の人に限って今すぐにでもできることをしていない…ように感じてしまいます。
speranza
2009/01/11 23:41
いつも気持ち玉をクリックしてくださる匿名のどなたかさん。
ナイス玉をありがとうございました。
こちらの記事には反映されていませんが、メール通知でちゃんと受け取りました。
speranza
2009/01/11 23:43

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