『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

アクセスカウンタ

zoom RSS 脳の可塑性とRehabilitation

<<   作成日時 : 2009/01/12 20:54   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 11 / トラックバック 0 / コメント 13

あくまでも私の仮説ですが

今現在で私の思うところをまとめてみます。

基本的な私のスタンスは
「身体は身体を守っている」ということです。
http://yoshiemon.at.webry.info/200812/article_1.html

そして私の思考実験が成立するかどうかは
どのような状況においても
「論理的整合性」が成り立っているか
ということを判断基準にしています。
成り立たないなら私の思考は違うんだ…ということで考え直すようにしています。
その上で考えついた方法論が「真-善-美」であるものなら
成立する可能性が高いんじゃないかな…と勝手にひとりで思っています。

…前置きはここまで(笑)
で、仮説ですが…。

脳の可塑性っていつでも誰でももっているものだと思うのです。

「身体の不思議」の記事に書いたように
http://yoshiemon.at.webry.info/200810/article_1.html
食道も胃も十二指腸も連続しています。
ふだんは食道は食道であり胃は胃であり十二指腸は十二指腸であるけれど
手術で胃を摘出してしまっても
食道が時間をかけてふくらんで胃のかたちの代役をつとめてくれる。
十二指腸が胃のはたらきの代役をつとめてくれるのだそうです。

大脳新皮質には機能局在といって
脳のある場所が身体のどこのどういうはたらきを司るのか
だいたい役割が決められているそうです。
だから脳卒中などで脳の特定の部位に病変が生じると
身体の特定のはたらきに障がいが起こるのです。

大脳新皮質は見た目も構造もどこの部位でも同じなんだそうです。
だから可塑性が高い臓器だと言われています。

たとえば、肝臓は再生力の高い臓器だと言われています。
ですから生体肝移植もできるのです。
でも肝臓が腎臓のはたらきの代役をつとめることもかたちの代役をつとめることもできません。

ですが、脳については
脳のはたらきを変える=ソフトを変えることによって
脳の機能局在を変える=ハードを変えることもできる
と考えられています。

このことが脳卒中のRehabilitationを考えるうえでのポイントになると考えています。

リハビリの常識として
「発症から半年経てば回復しない」
「発症後2〜3ヶ月の間が脳の可塑性が高い」
と言われているそうですが、この言葉の真意は何なのでしょうか?

脳卒中発症直後に起きた脳の浮腫や脳内の出血が完全に消失すれば
押さえつけられていた脳細胞が自由を取り戻して
元通りにはたらけるようになると思います。

そして、通常は食道は食道としての十二指腸は十二指腸としての
はたらきしかしていなかったのに
胃がなくなってしまった…という一大事の時には
代役までつとめあげてくれるように
脳のある回路が機能不全に陥った一大事の時には
機能不全に陥っていた回路に隣接する
使われていなかった回路も他の役目を果たしていた回路も
自らの役割をもう1度組み替え直すのかもしれません。

それは一大事の時ほど起こることなのだと思います。
としたら、起こりやすいように
ちゃんと身体を動かすことによって
脳に身体は動きたがってるんだから
早く回路を作ってねと身体のほうからたくさんお願いしたほうが
脳の中で代替回路を必死になって作り出そうとするのかもしれません。
それが急性期での関節可動域訓練の目的のひとつでもあり
早期離床、早期リハの目的のひとつなのだと考えています。
そして未来を具体的に先取りする…という意味で
身体が動いている様子を具体的に明確にありありとイメージする
ということもとても重要なのだと思います。

一大事の時には必死で代役を探すから代役もできやすいのでしょうが
よくよく考えてみると
そもそも、代役ができる…ということは
代役の可能性は脳のどの部位でもいつでも起こりうる…のではないでしょうか。
だからこそ一大事の時に代役が機能「できる」のですよね?

…ということは
代役の役目が果たせる可能性というのは常にある
ということになります。
つまり
脳の可塑性は本当は常にある
ということなのではないでしょうか。

俗にいう
「発症から半年経てば回復しない」
「発症から年月が経ってしまえば回復しない」
ということの論理的根拠は論理的整合性がないように感じてしまいます。

じゃあなぜリハビリの常識として流布したのか…というと
発症から時間が経っていない時には
一大事の時なので脳も必死で回路を作ろうとする
…身体を脳が守ろうとすればなんとか回路を作ろうとするから代替回路ができやすい
けれど時間が経ってしまえば
それなりに生活できる…毎日を過ごすということができれば
代替回路を作る必然性が弱まってくる
それと平行して周囲の回路は従来通りの回路のはたらきを続けることになります。

まったく新しいことを習得するよりも
同じことを違うやりかたでおこなうことに切り替えることのほうが難しいと感じています。

たとえば歯磨きをする時に縦方向に磨くか横方向に磨くか人によって習慣があると思います。
これをいつもとは違う磨き方
縦なら縦方向だけ、横なら横方向にだけ磨こうとすると
結構「磨く」ということそのものに集中するようになる
意識するようになるとおもいますが、いかがでしょうか?
ふだんこんなに歯磨きそのものに集中してなさっているでしょうか?
たいていは何か考え事をしながらでも歯磨きできていたと思うのですが、いかがでしょうか?

健康だと言われる私たちのたかが歯磨きこれだけでもこうなのです。

脳に代替回路を再建するときに
脳の中で何がどんなふうにおこなわれているのかわかりませんが
少なくともお役目切り替えがおこなわれている可能性は否定できません。
お役目切り替えが難しいことは想像できます。

http://yoshiemon.at.webry.info/200812/article_6.html
上記記事の中で回路切り替えの困難について説明しました。

発症から年数が経つと回復しない…というように言われているのも
実はそれは回復しない…代替回路が再建できないのではなくて
発症から年数が経てば経っただけ
その間の「その人なりの生活の中での運動パターン」が身についてしまって
新たなパターンの運動学習をするのがより大変になるのではないかと考えています。

つまり、古い回路が強固になってしまって新しい回路に切り替わるのに時間がかかる
発症から時間が経てば経っただけ時間がかかるし
より強い意志が必要とされる。
多くの場合にその時間を待てなかったり
強い意思を持ち続けられなかったり、集中できなかったり…
ということが1番の原因であって
麻痺の代替回路再建の可能性そのものは
時間経過とは直接の関係は、ないのではないかと考えられると思うのです。

それなら発症から何年も経った方の麻痺していた手が動くようになった
…ということの理由も説明がつきます。

そうでなければ
なぜ発症から半年以上過ぎているのに麻痺している手が動くようになったのか
理由の説明がつかないと思います。

その特定の人の脳の可塑性だけが高かったとでもいうのでしょうか?

もしも発症から半年経てば回復しないと言い切ってしまえるのなら
逆にそうでなかった人…発症から半年以上経ってから回復した人の
なぜ回復できたのか…という特定の理由を説明できるはずだと思います。

確実に言えることは
脳に可塑性があることは確かだけれどその機序は完全には解明されていない
ということなのだと思います。

解明されていない=可能性がない
ではありません。

そしてもうひとつ、確実に言えることは
「現実に」「実際に」
半年以上過ぎてから手が動くようになったという人がいるのだから
発症から半年以上経てば回復しないとは
「決して言い切れない」ということが言い切れますよね。

素朴な疑問にも書きましたが
http://yoshiemon.at.webry.info/200901/article_13.html
脳本来のもっている可塑性
未来が現在を規定する
…なりたい自分を具体的にありありとイメージする
…目標を明確に設定する
…自分は何を優先するのか判断基準を明確にする
これらのことが脳の可塑性を活用するひとつの方略になると考えています。

「トップダウンで考える」ことが状況改善につながるのと同じように…。
http://yoshiemon.at.webry.info/200809/article_17.html

そして、だとすると
リハ=悪いところの修正ではなくて
より良いはたらきのための卒業の積み重ね
…という可能性が高くなってくるのではないかと考えています。




人それぞれの人生があり人それぞれの選択があるのだとは思います。
けれど、こちらによくコメントしてくださるマサおじさんがおっしゃるように
マサしく
「訓練しなければ回復はあり得ない」
のだと思います。

それは
未来の自分が万能であることとは違うように
訓練すれば誰でも必ず完全回復するとは言い切れません。

でも
やらなければ変わるはずがないのです。

療法士の側ももっと努力が必要だと思います。
口先療法士や決めつけ療法士にならないように
せめて勤務時間内だけは
もっと当事者の方の状態に
真剣に目を開き耳を澄まして手で感じとっていただきたいと
切に希望します。

当事者の方は決して直接は言わないけれど
「今までとは全然違う」ということを明確に感じとり体験し安全な環境下では言語化します。
自分以外の療法士のほうが良い…と思われていたとしたらイヤでしょう?
だけど反対の立場だったら
自分だって、優しくて優秀な療法士に担当してほしいと思わないはずがないでしょう?

私は私よりずっとずっと優秀な療法士がいるということを知っています。
だから最善を尽くすしかないということを身にしみて感じています。

患者さん利用者さんの可能性…脳の可塑性を信じて関わっていると
可能性そのものに出会うような体験がきっとあります。
それは患者さん利用者さんの可能性そのものの発現でもあると同時に
自分自身の可能性…脳の可塑性の発現の体験でもあると思うのです。

Re-habilis…再び適する

現実が変わるのではなくて
自分が変わる。
そうすると体験する現実が変わるのだと感じています。

それは当事者の方だけでなくて療法士にとってもそうなのだと感じています。
















テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 11
なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
ナイス ナイス
ガッツ(がんばれ!) ガッツ(がんばれ!)
面白い

コメント(13件)

内 容 ニックネーム/日時
 難しい問題をこれだけ分かりやすい言葉で説明することは中々出来ません。
 長文ですので、明日、時間を掛けてゆっくりと読みたいと思います。
 今夜は読ませていただいた、お礼をさせていただきました。
マサおじさん
2009/01/12 22:05
宮本省三『リハビリテーション・ルネサンス―心と脳と身体の回復、認知運動療法の挑戦』春秋社
http://www.shunjusha.co.jp/detail/isbn/978-4-393-72903-8/

にあるような「方向性」とかかわるのでしょうか?
Sparrowhawk
2009/01/12 23:44
>私の思考実験が成立するかどうかは
>どのような状況においても
>「論理的整合性」が成り立っているか
>ということを判断基準にしています。
>成り立たないなら私の思考は違うんだ…ということで考え直すようにしています。
>その上で考えついた方法論が「真-善-美」であるものなら
>成立する可能性が高いんじゃないかな…と勝手にひとりで思っています。

 思考実験は理論物理学に於いて重要です。化学のように実際の実験が出来ないからです。
 頭の中で思考し、論理を組み立てる。そして「論理的整合性」が成り立っているかを検証する。

 私も、考えついた方法論に「真-善-美」があれば、仮説は成立すると考えています。
マサおじさん
2009/01/13 07:25
>大脳新皮質には機能局在といって
>脳のある場所が身体のどこのどういうはたらきを司るのか
>だいたい役割が決められているそうです。
>だから脳卒中などで脳の特定の部位に病変が生じると
>身体の特定のはたらきに障がいが起こるのです。

 成長してからの脳細胞の配列は変化しないというのが古くからの考え方でしたが、現在はそれは否定されつつあるようです。つまり、脳細胞は再配列する。このような脳の柔軟性を脳の可塑性と言うのではないかと思っています。  
 この脳の可塑性は、誰にでも、子供もお年寄りも、脳卒中からの経過時間に関係なく、等しく備わっていると思います。


マサおじさん
2009/01/13 09:00
>リハビリの常識として
>「発症から半年経てば回復しない」
>「発症後2〜3ヶ月の間が脳の可塑性が高い」
>と言われているそうですが、この言葉の真意は何なのでしょうか?

「一般的に発症後3ヶ月での回復が85%、発症後6ヶ月で95%が終了する」とした説明は良く目にしますが、その根拠や何故かという説明・証明は見たことがありません。 そう言う人が多いというデーターはあるのかもしれませんが、それだけではエビデンスがあるとは言えませんね。
マサおじさん
2009/01/13 10:21
>脳のある回路が機能不全に陥った一大事の時には
>機能不全に陥っていた回路に隣接する
>使われていなかった回路も他の役目を果たしていた回路も
>自らの役割をもう1度組み替え直すのかもしれません。

>それは一大事の時ほど起こることなのだと思います。

 その通りだと思います。脳卒中などで脳の機能が傷害された初期は、
>一大事の時には必死で代役を探すから代役もできやすい
 私たちも動きたい・動くようになりたい・動くようにしてみせると必死に努力しますから、改善・回復が進むのだと思います。
マサおじさん
2009/01/13 10:26
 しかし、時間が経過しても改善・回復進んでいないと患者さんが感じると、リハビリの意欲も低下します。リハビリもマンネリ化し、改善・回復も低下するでしょう。そして半年も経過すれば、極端な場合は改善・回復が停止するのだと思います。

 このことを持って、「180日以降はリハビリをしても回復しない」と定義したのは間違いだと思いますが、180日を過ぎた患者さんに漫然とリハビリを続けた事実は皆無とは言えません。

 患者さんが発症から何日経って今の状態なのかを的確に把握し、発症初期と同じような気持ちにさせてリハビリを協働することが必要だったように感じています。

 現在は介護保険で指導を受けることになりましたが、お互いにこの考えを共有しなければ、問題は解決しないでしょう。
マサおじさん
2009/01/13 10:30
>療法士の側ももっと努力が必要だと思います。
>口先療法士や決めつけ療法士にならないように
>せめて勤務時間内だけは
>もっと当事者の方の状態に
>真剣に目を開き耳を澄まして手で感じとっていただきたいと
>切に希望します。

 リハビリは、療法士さんと患者・利用者さんとの協働作業ですから、患者側の責任も大きいと思っています。
脳卒中という脳血管疾患は脳神経科の医師が治療します。こちらは比較的短期に終了します。治療と平行するか治療が終了した後の麻痺改善・回復は原則、患者が行うことだと思います。患者さんは療法士さんとの協働を得ながら、改善・回復に向けて努力する必要があることを理解しなければならないと考えています。
 脳の可塑性は何時までも続くのです。リハビリを休んだり中止すれば、可塑性も役に立ちませんね。
この報告は仮説ではありません。正しい説だと思います。
有り難う御座いました。

マサおじさん
2009/01/13 11:11
へっぽこ黒鯛師さん
ナイス玉のクリックどうもありがとうございました。
speranza
2009/01/13 21:13
Sparrowhawkさん、その本は読んでいないので「方向性」という言葉が示す概念がわかりません。
speranza
2009/01/13 21:15
マサおじさん
>「一般的に発症後3ヶ月での回復が85%、発症後6ヶ月で95%が終了する」とした説明は良く目にしますが、その根拠や何故かという説明・証明は見たことがありません。
そうなんです。
そしてそう言い切る人に質問すると「そう言われている」と答えるのです。

>180日を過ぎた患者さんに漫然とリハビリを続けた事実は皆無とは言えません。
哀しいことですが、おっしゃるとおりです。
目標を目標として設定できずに目標と手段を取り違えている…つまり、目標達成のためのリハビリではなくて手段の実行のためのリハビリになってしまっているケースは決して少なくないのです。

患者さん利用者さんはご自身のためのリハビリを…療法士はその心を支えるためにも回路再建のためにも「変われるんだ」という恊働の体験を…

>脳の可塑性は何時までも続くのです。
脳の可塑性っていつでも誰でももっているものだと考えています。
speranza
2009/01/13 21:49
>sperannza さん

認知運動療法と呼ばれているもののようです。
Sparrowhawk
2009/01/16 22:40
Sparrowhawkさん、著者は日本の認知運動療法の第一人者ですし、示された本が認知運動療法の本であることはタイトルからもわかります。

ですが、Sparrowhawkさんがコメントの中で使用した「方向性」という言葉が、本の中でどのような内容を示しているのかは本を読んでいない私にはわかりませんのでお答えできません。
speranza
2009/01/17 19:03

コメントする help

ニックネーム
本 文
脳の可塑性とRehabilitation 『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる