『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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zoom RSS 生活目標の明確性と妥当性

<<   作成日時 : 2009/01/23 20:16   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 4

明確性とは…行動、条件、基準の3つの要件を満たしていること
妥当性とは…必要性と可能性を兼ね備えていること

このことが理解されていない場合が非常に多いです。

まず、具体的な目標設定の例をご説明する前に
良い生活目標と良くない生活目標の区別がつくことが最低限必要です。

良いと判断できれば先へ進めるし
良くないと判断したら良く設定できるように修正すればいい。

ところが、現実にはこの「判断」がつかない人が非常に多いのです。

良いのか悪いのか判断できない。
良いような気がするけれど、具体的になぜ良いのか説明できない。
良くないように思うけれど、どこが悪いのかわからない。

自分の設定した目標に自信がない、判断できない
…そういう人は、良い生活目標がどういうものなのか理解できていないからなのです。

逆に言えば
良い生活目標がどういうものなのかを理解しさえすればいいのです。

良い生活目標とは、明確であるということであり
適切な生活目標とは、妥当であるということです。


では、次にあげる生活目標はいかがでしょうか?

1.安全に移動できる
2.なるべく足でふんばって立つことができる
3.ADLの向上

どれも明確ではありませんよね?
3ヶ月たって目標が達成されたかどうか、振り返る時にどうやって判断できるのでしょうか?
判断できない目標なら、目標が低すぎたのか、高すぎたのか、方法論が不適切だったのか
どうやって検討するというのでしょうか?

「PLAN」「DO」「SEE」の「SEE」を
「具体的に」「現実的に」検討する
…「SEE」がきちんと機能するためには、生活目標が適切に設定できることが大前提です。

つまり、明確な目標を設定できない…ということは
自分の提供しているものに対して常に検討できているわけではありません
…と言ってしまっているようなものなのです。
(漫然としたリハの提供が改善されない…という最大の理由はここにあると考えています。)



では、先にあげた3つの生活目標を明確に書き直すとどうなるでしょうか?

たとえば…
1.居室内なら転ばずに歩くことができる
 自分専用の車いすを使えば転ばずにトランスファーをおこなえる
2.トイレで片手だけで手すりにつかまって立っていられる
 腰掛けるときには、音がしないようにそっと座ることができる
3.前開きの上衣を助けを借りずに脱ぐことができる
 靴下を自分で履くことができる
…などなど。

いかがでしょうか?
先にあげた生活目標との明確性の違いについておわかりいただけましたでしょうか?

これなら、3ヶ月たって目標が達成できたかどうか
誰がみてもどっちかな?と迷うことなく判断できます。

これから先はどうだろう?維持するためには目標継続…という判断もありだし
もっと良くなっていくから目標を高くしてみよう…という判断もありだし
 居室内だけではなくてフロアー内なら歩けるんじゃない?
 じゃあどうしようか?
 リハは耐久性やバランスを上げるためにがんばる。
 介護は体調に合わせて見守りからやってみる。
…と具体的に目標達成のために「自分ができる」ことを
具体的に提案型で考えることができるようになるのです。
…というよりも提案型で考えることを生活目標が要求してくるのです。
もしかしたら目標が達成できなかったときにも
達成ができなかった…ということは確かなことなので
目標が高すぎたのか、とった方法論が不適切だったのかのどちらかが原因です。
じゃあどっちだろう?と具体的に現実的に考えることを生活目標が要求してくるのです。
…もしかしたら身体が硬くなってきたせいかもしれないから内容を少し変更してみようか?など。

いろいろな妥当性(必要性と可能性)が考えられるので
その人それぞれその時々によって明確な生活目標も変わってくるでしょう。

良い生活目標というのは明確な生活目標のことです。
適切な生活目標というのは妥当な生活目標のことです。

私たちは対人援助職ですから
本来は、できて当たり前…できなきゃ努力するしかない…わけで。
ところが、現実には
知識や技術の習得は職場の勉強会や県士会の卒後研修で奨励されても
生活目標の設定のしかたが職場の勉強会や卒後研修で奨励されているところは
少ないのではないでしょうか?
まず、ない…のではないでしょうか?

実習のときにあれだけ厳しく指導されたことなのに
なぜ、資格をとってしまうと学ぶ機会、自己研鑽の機会がなくなってしまうのでしょうか?

ここに根本的な課題があるように感じています。

もうひとつ、養成校に勤務する方がいらっしゃったらお願いがあります。
それは学生に長期目標、短期目標の設定について指導するときに
最初は学生自身が体感できる分野で設定の説明をしていただきたいということなのです。

たいていの場合に
評価実習で目標設定を体験学習することになるので
学生は養成校で目標設定を教えてもらうのは評価実習前…ということになりますよね?
でも、その時期では学生は対象者のことをあまり理解できていません。
どのような障がいがあるのか、生活上の困難はどんなことがあるのか
…つまり、対象者のことが具体的にわかっていないのに
目標設定の方法を対象者に即して説明してもわからなくて当たり前だと思うのです。

ですから、すぐに対象者を例にして目標設定のしかたを説明するのではなくて
まず、学生自身に身近な…たとえば、アスリートや自分達自身を例にして
(学生自身が既に状態の理解ができている分野のことを例にして)
まず目標設定の方法論を説明して
それから、障がいをもつ方を例にしてもう1度説明していただきたいのです。

実習にきた学生に
「学校でどんなふうに目標設定のしかたを教わったの?」
「前の実習地でどんなふうに目標設定のしかたを教わったの?」と聞くと
たいていの学生は明確に答えられないのです。
つまり、一般論としての知識として身についていない…ということなのです。
それはそうだと思うのです。
だって、食べたこともないちゃんと見たこともないお料理のつくりかたを教えてもらっても
お料理がつくれるようになるわけないし
仮に作れたとしても、できたお料理がほんとにそのお料理の味なのか
判断できないのと同じことですよね?

だから、実習にきた学生に目標の設定のしかたを説明する時には
まず、学生が理解しやすいように、体験してあることがらを例に出して説明してから
担当ケースを例にして考えてもらうようにしているのです。

でも、よく考えたら、最初のところを養成校でやってもらえれば話が早いのです。
ご検討いただければ、うれしいです。









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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
 明確な生活目標は、自分の上下肢が麻痺したと考えれば自ずから想像できますから、そのことを頭に置いて、当該患者さんの状態をチェックし、心からコンタクトすれば、具体的な短期・長期の生活目標が立てられると思うのですが・・・。
マサおじさん
2009/01/24 16:05
療法士を目指す人のために、ガッツ(がんばれ!)玉をつけました。
マサおじさん
2009/01/24 16:09
マサおじさん、コメントありがとうございます。

そのはずなのですが、なぜかそうなっていない現実があるのです…。適切な目標を設定できるという人はそんなに多くはいない…という経験をたくさん見聞きしています。
療法士にも介護士にも看護師にもケアマネージャーにも。

このことこそが表面化してはいないけれど医療保健福祉の分野に潜在する大きな課題の1つだと感じています。

まずは、目標が目標たりえていない…。目標ではなくて目的を目標と混同している。ひどい時には目標=目的=内容=ニーズということすら、あるくらいなのです。
目標とは何なのかがわかっていない…ですから、当然「目標として」「明確に」「適切に」設定することができない…ということになってしまいます。
speranza
2009/01/24 21:43
これらの現実が意味するところの根本的な課題は、論理的思考力の低下?不足?だと考えています。

養成過程の力点があまりにも表面的な知識や技術に偏りすぎている…根本的な思考態度が身についていれば知識や技術は必然的に身についていくものなのに…。逆に根本的な思考態度が身についていなければ、知識や技術を適切に扱うことなんてできないのに…。そう感じています。

私は再三繰り返していますが、このことは単に専門家としての養成過程における課題だけではない、それ以前の教育課程での課題とも大いに関係していると考えています。
逆の言い方をすれば、専門の養成過程が最後の砦だとも言えると思うのです。
speranza
2009/01/24 21:45

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