『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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zoom RSS 生活目標の設定について その3

<<   作成日時 : 2009/01/25 21:30   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 8

具体例をあげて考えてみます。

Aさんが「もっとスタスタ歩けるようになりたい」というご希望を出されたとします。

教育学の沼野一男先生の教えにしたがって
明確性(「行動」「条件」「基準」)と
妥当性(必要性と可能性)を考えていきます。

まず、ニーズにそって「行動」を考えます。

Aさんの場合は
歩ける(行動)ことです。
次に
どのように(条件)どのくらい(基準)ということを考えますが
必然的にこの思考過程において
必要性と可能性についても考慮することになります。

ここでまず大切なことは
「スタスタ」という言葉で表現したAさんのイメージを確認することです。
(当然のことながらスタスタでない現状について具体的に把握できていることが前提です)

もっと長い距離を歩けるようになりたいのか
もっと良い姿勢で歩けるようになりたいのか
もっと早く歩けるようになりたいのか
杖なしで散歩ができるようになりたいのか
荷物を持って買い物ができるようになりたいのか…etc.etc.

どれも当てはまりますよね?
しかも、どれも要求される「身体のはたらき」は違いますよね?
(もっと正確に言うと「心身のはたらき」ということになります)
だからこそ、Aさんのイメージと自分のイメージを合致させておかないと
とんでもないことになってしまいます。
たとえば…
Aさんは、内心杖なしで歩けるようになることを望んでいたのに
療法士が長い距離を歩けるようになることだと思い込んでいる
「じゃあ、スタスタ歩けるように練習しましょう」
「はい、がんばります」
言葉の上での共通理解は図っているようでいて、実は共通認識を得られていない
…これは、極端な例ではありますが
似たようなことが、現実には、さまざまな場面でとてもたくさん起こっているように感じています。

患者さん、利用者さんは
ご自身のイメージを的確に言語化することに慣れている方ばかりではありませんから
そこは、療法士の側がきちんと言語化して明確にしたうえで確認する
…ということが大切だと思います。

話を元に戻して…
仮にAさんがもっと長い距離を歩けるようになりたい…と希望したとします。
療法士がAさんの心身の状態を把握していれば
おおまかに実現の必要性と可能性について検討できます。
つまり、その希望よりもほかに必要性の高い優先する課題はないのか
そして、その希望は達成可能なのかどうか

たとえば
通常、車いすで生活していて週に1回のリハの最後にちょっとしか4点杖で歩いていない。
しかも、座る時ですら両方の座骨で体重を支えられず
斜めになって座っている…
当然、4点杖で歩くときにも斜めになって歩いている…
平行棒ですら斜めになって歩いている…
…という方がいました。
この方が「一本杖で歩きたい」というご希望を出してこられたのです。
このように、ちょっと先走った?ようなご希望に対しては
「モノには順序がある」ということと
「一時的に一本杖で歩けることではなくて
一本杖で歩き続けられるようになることがリハビリ」だということをきちんと説明します。
(余談ですが、このように先走ったようなご希望を出される時というのは
 心理的にそのように迫られていることが多いと感じています。
 単に状況理解や現実見当識がよくない…と「審判」するのではなくて
 その背景に対しての配慮と対応が必要だと感じています。
 この点に関しては、後日また。)

ご希望がおおまかにでいいので
必要であって可能であると
「当事者の方の立場に立って」判断した場合に
次にすべきことがらが
どのような環境で(条件)どの程度なら(基準)ということを明確に設定することです。

平地なら
少しばかりの坂や段差があっても雨が降っていなければ
連続30分程度なら
見守ってくれる人がいれば
途中で座って休めれば
横断歩道がなければ
…などさまざまな条件があるでしょう。

最初は1日1回かもしれません。
そのうち1日2回できるようになるかもしれません。
場合によっては週に1回できれば必要十分なのかもしれません。

また、この条件と基準は行動の「特性」によっても変化してきます。
つまり、目標に提示した行動が質的な向上を意味する場合には
条件と基準も質的な変化を示すように要求されます。

…例えば、スムーズに歩けるようになりたいというご希望が出された時に
その方の状態が、なかなか足が前に出ない状態だとしたら
A)生活目標「施設内では振り出した足の踵が他方の足のつま先よりも前に出ている状態で歩ける」
  行動…足を前に振り出して歩ける
  条件…施設内
  基準…他方のつま先よりも前に
…ということもあるでしょうし、人によっては
B)生活目標「つかまるところがあれば、立ち止まらずに歩くことができる」
  行動…歩ける
  条件…つかまるところがある
  基準…立ち止まらずに
という場合だってあり得ます。

その人のその時にとって
「適切かどうか」なのです。
その時その人の心身の状態に鑑みて
3ヶ月後に達成の可否について誰がみてもブレが生じることなく判断できるか
(目標の明確性…要件は行動、条件、基準)
3ヶ月後には達成される可能性がある、その人にとって必要な目標になっているか
(目標の妥当性…必要性と可能性)

これらをきちんと言語化できるということは
これらのことがらをきちんと脳内で理解できている
…ということのあらわれなのです。
だから、目標設定を適切におこなえるかどうかということは
一部で大きく誤解されているように
言語表現力の問題などでは決してなくて
実は、専門家としての状態像の把握の可否に関する問題なのです。

だから、できて当たり前。
できなきゃ、努力するしかない。のです。
逆に言えば
きちんと言語化する努力を通して
専門家としての状態像の把握のはたらきを高めることもできるのです。

たとえ、どんな職場にいたとしても
たとえ、研修には出られなかったとしても
このはたらきを高めることは、いつでも、どこでも、誰にでもできることなのです。
その代わり、自分自身にしかできないことなのです。
難しくても、あきらめずに努力を続けるかどうかなのです。
利用者さんのリハビリと一緒ですね。

生活目標…リハマネージメントの根底にあるのは、品質管理のPDCAサイクルという概念です。
Plan計画ーDo実行ーCheck評価ーAct改善
この4つの過程が円を描くようにして
より良い継続的な業務改善をおこなえるようにという考え方です。

つまり、私たちが学んできた
「評価と治療は車の両輪」
「Plan-Do-See」
という言葉が示す概念と根本的には同じことです。

適切に生活目標が設定できれば
対象者の方の現実をより良い方向へ変化させることの援助が
現実的に具体的におこなえるようになります。

そして生活目標を共有することによって
対象者ご自身はもちろん、周囲の人が今、何を、どんなふうにすることが
対象者の現実をより良い方向へ変化させていくことにつながるのかを
現実的に具体的に建設的に意見交換することができるようになるのです。

まず、目標ありき!なのです。
こんなふうになりたい…とイメージすることが先なのです。

麻痺が治ることによってなりたい自分になれるのではなくて
悪いところの修正によってなりたい自分になれるのでもなくて
目標達成の積み重ねによってなりたい自分に近づいていくことができるようになるのです。

まさに
「未来が過去を決定する」のだと感じています。



「むかし、むかし…」の記事で沼野一男先生の著書について少し触れています。
http://yoshiemon.at.webry.info/200712/article_18.html

ちなみに私が読んだことのある先生の著書は次の2冊です。
「情報化社会と教師の仕事 (国土社の教育選書) 」
「教育の原理 (教育演習双書)」










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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
 読み始めて、私のことかと思いました
>もっと長い距離を歩けるようになりたい
>もっと良い姿勢で歩けるようになりたい
>もっと早く歩けるようになりたい

 退院してから自分で考えながら努力してきました。そして次第に達成に一歩ずつ近づいているものと確信していました。 だから、入院リハビリで杖無しで歩いて退院できれば、通所リハビリも不要だと考えていました。しかし、この考えが甘いことを退院から5年半経って知らされました。
 そして退院後も私たちをチェックしケアーする医療システムの必要を痛切に感じています。そして、そのときには特にここに書かれたことを理解し実行できる療法士さんが不可欠であると思いました。

もちろん回復期でもこの考えに基づいて患者さんを指導できれば、退院後の生活で私のような悩みを持つ人も少ないようにも感じました。
ありがとう御座いました
マサおじさん
2009/01/26 15:41
マサおじさん、コメントありがとうございます。

マサおじさんのように自ら努力してこられたにもかかわらず、退院から5年半で困りごとを抱えるようになってしまった…という現実は、現在のリハシステムの課題…今は潜在しているけれど、実は大きな課題…を示しているように思います。
マサおじさんは、決して辛いと言うような方ではないと感じていますが、抱えている腰痛は実はかなりひどい強固な腰痛のように思われます。
独歩で退院されても腰痛がひどいのでは、生活の質は良くなった…とは言いがたくなってしまいます。

お身体へのセルフケアの方法論、どこに気をつけたらいいのか、望ましい動きと望ましくない動き…このあたりの指導は療法士が気をつけさえすれば今すぐにでも指導できることだと思います。
問題は、ご本人がやっぱりどうもまずい…と感じた時、やっぱりすごくいいから、もっと上を目指したい…と感じた時にタイムリーに相談できる「場」がどこにもない…ということなのです。
speranza
2009/01/26 22:24
病院の外来リハは受けられないでしょう?
介護保険ではたとえ申請しても非該当になってしまうのではないでしょうか?
特定高齢者の事業は集団でおこなうもので個別の相談はないですよね?

もっと良くなりたい…のに、「場」がない。
逆の言い方をすれば、いよいよひどい状態になるまで我慢するしかないのでしょうか?

マサおじさんのような現実に遭遇している方はきっと少なくないはずだと考えています。
そして今のままでは、同じ現実に遭遇する人がもっと増えてしまうかもしれません。

関係者の方は「入院してリハをしている時には良かったのに」などとうそぶいたりする時間があるのだったら、現実を少しでも良い方向に改善するために、まずはそれぞれの場で今すぐにできることをおこなうことが専門家としての責務だと思いませんか?
そして、どうしたらより良いシステムが構築できるのか、そのアイディアをみんなで考えることのほうが大切だと思いませんか?
speranza
2009/01/26 22:26
まさしくその通りだとおもいます。
もっと良くなりたいのに{場}がない。それが現実です。それで良くなれないどころか悪くなってる人が沢山居るとおもいます。なんとかならないでしょうか?
くにくに
2009/01/27 13:50
くにくにさん、コメントありがとうございます。

いろいろなことは大抵自分でできる。けれど、後遺症をもっている…そういう方がたくさんおられるはずです。
いよいよひどくなる前に…そして、より良く身体のはたらきを高められるように…タイムリーに気軽に相談できる「場」が必要です。

まずは、より多くの方に共通認識していただけるように…各自ができる範囲で声に出して伝えてみることから始めてみませんか?
たぶん、本当に困っておられる方は、療法士やケアマネージャーともリハDr.とも現在は縁のない生活をされていらっしゃると思います。
関係者がこの困りごとを知らない…という可能性のほうが高いと思うからです。
speranza
2009/01/27 20:11
speranzaさん
 <逆の言い方をすれば、いよいよひどい状態になるまで我慢するしかないのでしょうか?>本当にそう思いました。 夫の歩き方が11月頃から段々悪くなってきて、脳神経外科でかかってる主治医にそのことを訴えましたが2度は「様子を見てみましょう」というような事でした。やはり180日なんとか?があるのでダメなのかなー。と思っていましたが先日受診の時に又云いましたら「リハビリやりましょう」となりました。入院、その後の通院リハビリとお世話になったPT,OTの方がしばらく担当でして下さることになり夫と「夢みたいだねー良かったねー」と言い合いました。でも、今回は運が良かっただけかも知れません。又、今のリハビリが終わってその後、途方に暮れるようなことあるのでは?と思ってます。現に今までがそうでしたし時々行っているスポーツセンターで知り合った方達も半ばあきらめているようなところがあります。運が良かった、夢みたい、なんて思う事事態がおかしいですよね!殆どの人は適切なリハビリを納得いくまで受けて少しでも良くなりたい、と思ってるんですもの。
ひろまま
2009/01/27 22:45
<目標達成の積み重ねによってなりたい自分に近づいていくことができるようになるのです。>  今の夫の目標ですが10月頃まで出来てた{あまり上肢に痙性が入らずバランスよく歩く}様に戻れるように、と{少し動くようになった指を何年かかってもいいからもう少し動かせるようにし食器に手を添えて食事が出来るようになりたい}と言っています。
 せっかく、又、リハビリ再開して頂けたので、変な言い方ですが夫共々「石にかじりついても、、、」位の気持ちでOT,PTさんに何でも質問し自主トレの方法等習得しようと思っています。
 speranzaさんのリラクゼーション、その他の記事本当に活用させて頂いてます。特にお風呂上がりにする柔軟体操の後で「誰かにほぐしてもらう方法」はとってもいいそうです。(私が上手?) 腕から指の痙性もとれゆったりと脱力したようになってます。有難うございます。
ひろまま
2009/01/27 23:13
ひろままさん、コメントありがとうございます。
病院リハビリ再開、その上前担当者がまた担当…というのは本当に良かったですね。安心されたことと思います。

リハビリは療法士との恊働体験ですから、療法士に動かされているときもお身体の意識をそこに向けることをおすすめします。お連れ合い様にお伝えいただけるとうれしいです。大切なことは教えてもらった方法の目的は何なのか、気をつけることはなにか、望ましい動き、望ましくない動きはどんな動きなのか、望ましくない動きが出たらどう対処すれば良いのか…です。それらをしっかりと聞いてくださいね。

お風呂上がりのリラクゼーションがとってもいいとお連れ合い様がおっしゃるのは、おっしゃるとおりにひろままさんのやりかたがお上手だからです。適切にできないと腕から指までほぐれてきませんから。文字だけの情報からこんなに適切におこなえる…ということは本当にスゴイことです。「ポイントをつかむ」ことと「やりかた…お身体との対話」が両方ともお上手だということです。

お役に立てて私もうれしいです。教えてくださってありがとうございました。
speranza
2009/01/28 21:41

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