『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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zoom RSS 闘うリハビリII 〜寄せられた“声”をたずねて〜

<<   作成日時 : 2009/02/08 22:57   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 2 / トラックバック 0 / コメント 14

見ました。

詳細はこちら
http://www.nhk.or.jp/special/onair/090208.html

病院リハを打ち切られた3人の方のケースをカメラは丁寧に追っていました。
1時間という時間枠に収めるのにきっと苦渋の選択もあったのではないだろうか…とも感じました。
番組の構成の切り口をどこに据えるか…きっと議論の上に今回の選択があったのだろうと思います。

でも、患者さんは多くの場合に
医療保険、介護保険はどんなシステムで動いているのか…ご存知ありません。
今回、回復期リハ病棟の診療報酬の仕組みに一部触れていましたが
診療報酬、介護報酬は単独で急性期、回復期、老健、通所系、訪問系のシステムを構築するので
患者さん、利用者さんの立場からすると、どうしても「穴」が生じてしまいます。
(このことは、別に記事にします…こればっかりですが)
そのあたりのことは
リハ提供者側にも取材してもらえれば
システムそのものの問題として、もっと明確に問題提起できたのではないかと考えます。

厚労省も先にシステムを変えるにあたり
「漫然としたリハの提供」を矛先に上げました。
この点に関して、療法士は反省すべきはやはり反省すべきだと思います。

「家族ができるリハビリは、たかが知れている」
「リハビリを打ち切られたから悪くなった」
このような感想、意見があるということは、何を意味しているのでしょうか。

確かに療法士との恊働体験でしか実現できないことは、たくさんあります。
けれど、ご自身とご家族でできることもたくさんあるのです。

「家族ができるリハビリは、たかが知れている」
…というのは、一見正しそうな意見ですが
でも、本当にそうでしょうか?
本当は、本人やご家族がするリハビリをたかが知れていることしか伝えていなかった
…というところに問題があるのではないでしょうか。

もちろん、現行のリハのありかたの課題をきちんと検証せずに
リハビリを家族頼みにするのは、本末転倒だとは思います。
けれど、本来、リハはご自身でなさるもの…だと思います。
そのことに関する工夫や実践がもっと療法士の側に必要なのではないでしょうか。

システムとシステムを扱う側の課題…
そのことについて、考えさせられました。




この番組は再放送されるそうです。

再放送予定は
2009年2月15日(日)  午後5時00分〜5時59分 総合









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コメント(14件)

内 容 ニックネーム/日時
 結局、何が言いたいのか分からないというか、曖昧な内容に感じました。
取り上げられた患者さんは、入院リハビリでどのような協働を受け、訓練してきたのか、入院中の自主訓練はどうであったのか。リハビリ病院は、退院までに、どの程度の自立を与えたのか。そして、本人と家族は、退院後のリハビリで何をしたのか、が明確にされませんでした。
 藤田太寅キャスターが、麻痺の左手で椀を持って、右手で納豆をかき混ぜるような難しい動作をして失敗させたのは何故か、普段の生活で麻痺手は使っていないのか。
 5ヶ月足らずで回復期リハビリ病院を歩いて退院し、退院後は「日常生活で普通の人のように手脚を動かすことが最善のリハビリです」を実践して、日常生活が自立し、一年ほどで日常生活に困らない程度に手も回復させた私からすると、患者や家族の「もっとリハビリをしてほしい」の言葉に悲しいものを感じました。
マサおじさん
2009/02/09 16:02
マサおじさんのコメントに反論するつもりではないのですが−自分自身で、家族の者がーでリハビリ出来ない人も沢山います。夫もそうですが(軽いのですが高次脳機能障害があります)気持ちは一杯リハビリして少しでも良くなりたい、、、でも自分一人ではどうしていいか解らない、のです。意識がしっかり向いていかないのです。毎日毎日、体のリハビリ頭のリハビリを本人から自発的に出来るように、と思ってますが、なかなか上手くいきません。<「日常生活で普通の人のように手脚を動かすことが最善のリハビリです」>を実践できる方はどんどん快方に向かっていくと思います。でも、出来ない方の方が多いのではないでしょうか?病院のリハビリが終了した時点で本人や家族がその後のリハビリの重要性をどれだけ理解できてるでしょうか?私のことで恐縮ですが毎日リハビリを見学し自宅でするようになってからも必死の思いでやってきたつもりです。でも、順調に来ていたのが(回復の過程かもしれませんが)突然の様に後戻りし始めました。 
ひろまま
2009/02/09 21:34

脳卒中の後遺症の恐ろしさを改めて認識しこれからのリハビリの方向性すら分からなくなり不安で一杯になりました。幸いな事にそのころマサおじさん とこちらのブログを知ることができどんなに勇気づけられたかわかりません。どうゆうわけか、と言う言い方もおかしいのですが病院のリハビリが1か月前から再開出来ました。ものすごく嬉しかったんです。だから、<患者や家族の「もっとリハビリをしてほしい」の言葉に悲しいものを感じました。>にコメントには戸惑いを感じました。
ひろまま
2009/02/09 21:35
ひろままさん
 >患者や家族の「もっとリハビリをしてほしい」の言葉に悲しいものを感じました。
・・・「もっとリハビリをしてほしい」と言う言葉が出ないようなシステムやリハビリの提供があれば良いと思っています。だからこの言葉を聞くと悲しいと書いたつもりです。
 誤解を与えるような表現でした。誤ります。
マサおじさん
2009/02/09 22:02
speranzaさん

 ごめんなさい。前のコメントはマサおじさんの方にさせていただくものだったかも知れません。 不適切でしたら削除してください。
ひろまま
2009/02/09 22:06
 マサおじさん、ごめんなさい。私のほうが早とちりだったかも知れません。有難うございます。
ひろまま
2009/02/09 22:11
マサおじさん、ひろままさん、はじめまして。老人保健施設でPTをしています。いつもここで勉強させていただいています。昨日のテレビ見て感じたのは、患者さんや家族の方は『もっとリハビリしてほしい』と言うよりは『もっとリハビリしたい』と思っているのではないかということです。受け入れてもらえる場がないと。。。たしかに『リハビリしてほしい』と思っている受身の方も多いのかもしれませんが。私たち療法士は『リハビリしたい』と思っていただけるようなアプローチをしていかなくてはいけないと。
 私自身、いままで、慢性期の方には維持できればよいのではと考えていました。今より悪くならないように訓練しましょうと言う考え方をしていました。そうではなく、今よりよくなるためにリハビリ(訓練)をする。というふうに考えていこうってすごく思いました。
かず
2009/02/09 22:25
ひろままさん、私もひろままさんと同じように読みとっていましたので、コメントしてくださって良かったと思います。
どうもありがとうございました。

かずさん、コメントありがとうございます。
いつもお立ち寄りくださいまして、どうもありがとうございます。
私がコメントしようと思っていたことと同じ内容が書かれていたので驚きました。

>私たち療法士は『リハビリしたい』と思っていただけるようなアプローチをしていかなくてはいけないと。
本当にその通りだと思っています。
speranza
2009/02/10 20:04
少し、補足すると…
「もっとリハビリをしてほしい」というのは、まさしく、文字通りにリハビリをしてもらっていたから、そういう言葉が出てきたのだと感じています。
なぜ、「もっとリハビリをしたい」という言葉を使う人がたくさんあらわれないのでしょうか?

(日本語の動詞には使う人の意思が投影されていると感じていますが、この言葉には明瞭に現在のリハのありかたが象徴されていると思います。)

ご本人やご家族は、突然起こった脳卒中というできごとに対応するのに必死ですから、提供されたものに対し、ただ必死になってそれを受けとめ消化しようとすると思います。その他に経験がないのですから、比較のしようもありません。

療法士がリハビリをさせているという現実があるから(それは父性的にも母性的にも)、ご本人もご家族も「リハビリを『したい』ではなくて「リハビリを『してほしい』」という言葉になるのではないかと考えています。
speranza
2009/02/10 20:16
リハビリを受けてこられた方で、リハビリそのものの説明…というのは実は意外に受けていない方が多いのではないでしょうか。その時点でおこなっている課題の目的や方法について説明があったとしても、その前段階としての、そもそも脳卒中のリハビリとは何なのか、動作の量的向上ではなくて動作の質的改善を積み重ねていくものであるということ…という、コンピューターで言えば各種のソフトプログラムではなくてそのソフトプログラムがのっている基本的なプログラム…OSのことについて説明を受けた人というのは、案外少ないのではないかと思います。

動作の質的改善の積み重ね(身体のはたらきの向上)…となれば、具体例としての望ましい動き、望ましくない動き…どこに気をつけたら望ましい動きにつながるのか…という説明が当然出てくるはずだと思うのです。
speranza
2009/02/10 20:23
ちなみに、番組の中で立ち上がりのシーンがありました。
実は、あの方がなさっているような立ち上がり方をしている方はとてもとても多いのです。
療法士がストップウォッチか何かを手にしていたようですのでたぶん評価の一環としておこなっていた場面だと思います。
あの立ち上がり方ができれば、練習すればもっと円滑な立ち上がりができるようになる方が非常に多いです。そして、立ち上がり方が上達すれば(身体のはたらきが高まれば)歩き方も安定してきます。
詳細は、2009/01/17の記事でご確認ください。
speranza
2009/02/10 20:29
少し話がそれてしまいましたが…
大切なことは、現在のシステムに変更されたのには経済面以外の理由もあるということ、そのことについては療法士は療法士として反省して改善すべき点があるのではないかということ、それらは意識を変えるだけで実践も変わる部分が多いということ、そして現在のシステムについて、携わる側の立場として理解し実践することは当然必要なことですが、利用者さん患者さんを中心として考え直してみると必ず「穴」があるものだということを自覚したうえで、当事者の方の不利益にならないように、制約は多々あったとしてもそれぞれの場で最善を尽くすことではないかと考えています。
制度を理解し制度の趣旨を現実化することと、制度にふりまわされてしまうこととは違うことだと考えています。
speranza
2009/02/10 20:38
speranzさん
 誤解を与えるコメントでした。
 どうもすみませんでした。
マサおじさん
2009/02/10 21:25
マサおじさん、共通認識が図れたのなら何よりだと思います。
今後ともよろしくお願いします。
speranza
2009/02/10 23:06

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