『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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zoom RSS リハビリ人生=よくない?

<<   作成日時 : 2009/04/12 19:59   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 10

リハの常識として、よく言われていることです。

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リハビリに明け暮れるよりも
もっと人生の楽しみややりたいことや趣味活動を促して
QOLの向上が大事

…って、よく聞きます。

でも、思うのですが
リハビリだろうが、楽しみだろうが、趣味だろうが
何をやるか…は、そんなに問題じゃあないんじゃないかな。

人として暮らしている以上
人として「せねばならぬ」こともあるけれど
何をするか…だけではなくて
どんな風にやるか…というところに
その人らしさがにじみ出てくるのであって
その人が興味と集中をもって
「occupy…心を占める」できるものであるということのほうが大事なのではないでしょうか。

逆に言えば
みんながやってるからやる
誰かに言われたからやる
…のでは、リハビリだろうと趣味だろうと仕事だろうと
その人自身の「コト」ではないようにも感じています。
(言われた…誘われた…ことがきっかけとなることはあるとは思いますが)

もしも
ある人が脳卒中やケガをして
それからずっとリハビリに励み続けたとしても
その過程において、人の身体の不思議やスゴさを実感したり、得るものがあったとしたら
それはそれでその人にとって「活きた」体験
…QOLの向上(実はこの言葉はあんまり好きではない)そのものだと思うのですが。
何にどんな風に「occupy」するかは、人それぞれだと思うのですが。

施設で働いていると
「望ましい」お年寄りのイメージ、障がいをもつ人のイメージを
暗に職員が抱いていて
「優良老人」「優良な障がいをもつ人」「優良な認知症をもつ人」を
職員が要請して養成しようとでもしているんじゃないのか?と
感じる時が正直あります。

この問題についてはずっと前から考えていて
少し糸口が見え始めてきたように感じているので
そのうち記事にまとめられるかな…と思います。











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コメント(10件)

内 容 ニックネーム/日時
QOL(生活の質)は、質というものの意味が
私はわからないことがあります。
質とはなんぞや?対義語には量がでてくるのですが
量はいけないのか?
そのことにかんして何かご意見等頂けたらありがたい
と思っています。
はじめ
2009/04/12 22:19
 なにか私達夫婦が漠然と思ってたことをそのまま代弁して下さったような記事です。 
夫が高次脳機能障害でリハビリを受けている臨床心理士の先生からはいつも>もっと人生の楽しみややりたいことや趣味活動を促してQOLの向上が大事<、と全く同じ様なことを言われ「なぜそんなに身体上のリハビリにこだわるのか?左手が動かなくても歩けるしこうやってお話もしっかり出来るし記憶もしっかりしてるんだから、人生をもっと楽しむ様にしましょうよ」という話にいつもなります。  同じ障害を持つ人達の仲間に入っていろいろな活動を通して友達を作ったり楽しみ生きがいを見つけたり家族は家族で情報を交換したりすることがまるでこれから私達が生きていくうえでの最良の道みたいに言われてる、と感じていつも違和感をもっていました。
発症してから1年3か月になりますが、毎日、毎日リハビリをしてます。speranzaさんのこのブログや病院のOT、PTのアドバイスで少しづつですが上肢も希望が持てるようになってきました。
ひろまま
2009/04/12 22:51
>その過程において、人の身体の不思議やスゴさを実感したり、得るものがあったとしたらそれはそれでその人にとって「活きた」体験< 
 有難うございます。 ひろまま


ひろまま
2009/04/12 22:52
 「障害をおってしまったのだから、早くそのことを受容しなさい」とも取れるような臨床心理士の先生のお話ですが、その障害を本人、家族が受容するのには、そこに行きつくまでの過程が必要だと思います。悔いのないように納得のいく治療を受けたり(今の医療体制では難しいのかもしれませんが)自身でするリハビリをしながら少しづつ障害を心に刻んでいって受容出来ればその後の人生も又変わってくるのでは、と思ってます。
ひろまま
2009/04/12 23:19
はじめさん、コメントありがとうございます。

Quality Of Life…という言葉が現す概念がもしかしたら日本語と微妙にズレているのかもしれないのと、もしかしたらこの言葉が乱用されているのではないかと感じています。
このことについては長くなるので別に記事にしてあらためて考えてみたいと思います。
speranza
2009/04/13 20:41
ひろままさん、コメントありがとうございます。

>その障害を本人、家族が受容するのには、そこに行きつくまでの過程が必要だと思います。
おっしゃるとおりだと思います。
その人それぞれの「過程」があって、その過程に付随して…というか並行してというか…「受容」があるのではないでしょうか。受容にも濃淡の変化のようなものや行きつ戻りつ…といったものもあるのではないでしょうか。
ある時を境に明確に100%受容できる…というものではないように思うのですが…。
少なくとも他の誰かに要請されることがらではないように思います。
人の生き方、ものごとへの取り組み方は人それぞれだし…。

私がすごく引っかかるのは、個人の尊厳ということを重要視しているはずのRehabilitationなのに、「既定路線」を押しつけているように感じられることが多々あることなんです。
システムの問題として「ここではできない」というのではなくて「あなたの考え方を変えなさい」「こうあるべき」という…。必要とされる援助は他にあるんじゃないかな…と思うのです。

speranza
2009/04/13 21:11
いつも、んーたまにブログを拝見しております。
お気に入りに登録させていただいております。
>何をするか…だけではなくて
>どんな風にやるか…というところに
>その人らしさがにじみ出てくるのであって
この部分すごくいいですね
はしにもぼー
2009/04/14 11:30
はしにもぼーさん、お立ち寄りくださいましてありがとうございます。
そのうえ、お気に入り登録もコメントもありがとうございます。

「個性尊重」なんて言うから、自分らしさ神話にとらわれちゃうんだと思っています。
speranza
2009/04/14 21:05
はじめまして
OTになって12年ですが、障害受容という言葉には違和感を感じ続けています
リハビリにゴールという言葉が安易に使われ、後は通所にしますか?それとも施設?という流れに組み込まれてしまう
もっと違う、もう一度人生を組み立てるというようなことに取り組みたいと思う日々です
ぴこり
2009/04/15 04:45
ぴこりさん、コメントありがとうございます。

>リハビリにゴールという言葉が安易に使われ、後は通所にしますか?それとも施設?という流れに組み込まれてしまう

ゴール(目標)という言葉の誤解や混乱も大きいと感じています。本来、目標というのはその人自身の状態像の目安です。(どこで過ごすか…ではなくて)
ところが、ADL能力の「目安」としての自宅で生活できる…が単なる「場所」に置き換えられてしまった。
診療報酬の誘導による混乱もなくはないでしょうが、根本的には療法士の側の言葉の使い方(つまり概念の理解)への気をつけ方…の問題のほうが大きいように感じています。
speranza
2009/04/15 18:46

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