『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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zoom RSS 対策論になっちゃってる

<<   作成日時 : 2009/06/14 10:53   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 3

そう感じることがよくあります。

たとえば、以前の記事にも書きましたが
チームワーク、連携を考える時に決まって話にあがるのが
「方法の統一」
でも、そんなのおかしいと思うんです。
http://yoshiemon.at.webry.info/200701/article_4.html

一時期、席巻した「生活リハ」という言葉も
生活というのは、本当にリハにとって有意義な機会であると思いますが
なんだか、ズレて使われているようにも感じています。
よく言われがちなのが、「できることはやっていただき、できないことは援助する」
という言葉ですが、生活場面全般において
「リハビリだから、がんばって」
と、あらゆる動作をさせるというパターンや
「リハビリだから起きていなくちゃダメ」
と離床時間を職員が設定したりというパターンになって現れることが多いように思います。

もちろん、言ったりやったりする人に悪気はありません。
良かれ…と思ってのことなのです。

でも素朴に普通に思います。
「あんたにできるんかい?」

人間の筋肉にも自己防衛のためにリミッターが働いて
最大限の筋力が発揮できないようになっているのと同じように
日常生活をその場面場面において
常に100%全力を出し切って過ごし続けられる人なんていません。
そんなことしたら壊れちゃう…
(だからこそ、可能性があるのだとも言えると考えますが)

生活場面というのは、リハの宝庫だと思います。
その人に必要なことは必要な時に現れる
ということは、象徴的な意味だけでなくて現実的にもそうだと思うのです。

人がどう生きるのか
それはその人の自由です。
その時に優先してできるようになりたいこと
それもその人の自由です。
その時に、達成の難易度や方法論について具体的にアドバイスしたり援助したりできるのが
専門家と言われる私たちなのではないでしょうか。

先にあげたようなことが起こった時に
個人的に具体的に話をすると
その時はわかってくれる人もいます。
(説明なんてしなくてもわかってくれる人ももちろんいます!)
でも、多くの場合には
違う職員で違う対象者の方に違う場面で
同じようなことが起こるんです。
(同じ職員で違う対象者の方に違う場面で起こることも少なくありません)

このような「かたち」で現れてくる相違は
表面的な「対応策」を「統一」しても根本的な解決にはならないと考えています。
対応策を思いつく下部概念が違っている
もっと言うと、目の前の現実をどう認識するか…ということが違っているからです。

こどもの不登校に関しても、似たような課題が現れたと感じています。
どうしたらこどもの不登校が解消されるか対応策を考える…と。
でも、登校していればいいのかな…?

こういうことっていっぱいある。

良かれ…と思ってはいるのにね。

でも、何に照らして良かれ…なのか
ということを明確にしておく必要があると思います。
(当たり前のことですが、何かに照らして「良かれ」としてはいますが
 案外、無自覚のことが多く…対象者本位といいながら、その実そうではないことがあり
 もちろん、私たちの手は2本しかないので物理的制約があるのが現実です。
 でも、そこを混同している混乱のほうが圧倒的に多いように感じています。)
人によっては直視に耐えられずに抵抗を感じるかもしれませんが
そこから始めるしかないと思います。
Bestを望んで達成できないとみるや施設やその他モロモロに責任転嫁をするのではなくて
Betterをコツコツと積み重ねていく努力をこそ継続していく
(PTOTはもちろん、介護や看護という対人援助職において
 このようなトレーニングがあまり為されていないように感じます。
 すっごい大きな問題だと考えています。)
そうすれば、結果としてどうだったのか…振り返りと試行錯誤がきちんとできる。
試行錯誤は、思いついたことをとりあえず何でもやってみる…ということではないですよね。
さまざまな方法論、テクニック、ハウツーなども
活用するためにあるのであって
思考停止し、僕となって隷属するために作られたものではないと思います。










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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
生活リハ・・・
今でも便利に使わせてもらってる言葉です。
だんだん拡大(都合よく)解釈してきてしまっている自分に反省しました。
>その人に必要なことは必要な時に現れる
・・・確かに!でもその時に向けた準備がしたい。
でも、何が必要となるか予想できないと・・・
そこに、専門性の出番かな〜
>僕となって隷属する
・・・それはまた、楽チンといえば楽だけど
何でこの仕事を選んだのか、初心を忘れかけている毎日にまたもや反省・・・

印象に残った言葉があったので、勝手なコメントさせていただきました。
やぶからぼー
2009/06/17 14:06
やぶからぼーさん、コメントありがとうございます。

>印象に残った言葉
うれしい言葉です。

たとえば…何回もやり直さないと立ち上がれない人…ってよくいるでしょう?
それは、立ち上がりがスムーズにできない…という今現在のADL上の課題であると同時に、そのような「現れ方をする身体のはたらき」というのは、そうやってでも立ち上がれるという現在の「能力」と表裏一体にそうやってでしか立ち上がれないという現在の「困難」を同時に示すことによって、将来の立ち上がり困難という将来的なADL上の課題をも示しているとも考えています。
speranza
2009/06/17 20:41
私たちは、○○法とかEBMとか…科学的=正しいという認識を植え込まれていますが、忘れてはいけないことは、科学は過去の知識と技術の修正の上に成り立っているものでこれから先も修正され続けていくものだということだと思うのです。

現実に起こっていることこそ、紛れもなく起こっているけれども、それが現すこと、現れていること…というのは、たぶん、タマネギのように何層にも折り重なっているもので、私たちは1枚1枚めくり続ける過程にあるのだろうと思うのです。
だからこそ、過去の叡智の積み重ねである知識と技術は大切…でも敬意を表するということと隷属するという事とは違う…そう考えています。
speranza
2009/06/17 20:42

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