『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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zoom RSS 発症から10年近くたっても良くも悪くもなる

<<   作成日時 : 2009/08/20 20:08   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 2

脅かすわけではありませんが…

ただ、ここで「良くなる」ということがどういうことなのか
案外、誤解されていることのほうが多いようにも感じています。

実際に
発症から10年近くたっても
今までできなかった身体の動きができるようになることもあります。
同時に
頑張りすぎて
身体が硬くなってしまって
今までできていたことが段々とできなくなってくることもあるのです。

たとえば
杖を使わなければ歩けなかった人が
杖なしでも歩けるようになるのは、すごいことです。
装具をつけなければ歩けなかった人が
装具なしでも歩けるようになるのは、すごいことです。

でも、できれば良い…というわけではないのです。

必死になって頑張って
歩けたとしても
その後でリラクゼーションをしたり
より良い歩き方の練習へと結びつけずに
単に歩くこと、できることを追い求めていくと
身体が硬くなったり
痛みが出たり
(往々にして、腰に痛みが出ることが多いです)
その結果、今まで杖なしで歩けていたのに、装具なしで歩けていたのに
できなくなってしまう…ということが本当によくあるのです。

ところが、現実には
運動前に関節可動域訓練をする療法士はたくさんいますが
運動後にリラクゼーションをする療法士は、本当に少ないようです。
(私は今までに出会ったことはありません…)
筋緊張を亢進させずに運動の援助ができるなら
リラクゼーションはしなくても良いと思います。
でも、そうでないのなら…
リハビリを終えて変える時
つまり、患者さん、利用者さんが本当の生活を始める「自宅」に
身体が硬くなった状態で帰す…ということをしていることになります。

おそらく
大多数の療法士は、こういったことを考えていないのだと思います。
もちろん、悪気があるわけじゃないのはわかりますが
現実に患者さん、利用者さんの立場に立ってみると
最大能力を発揮するのは病院や施設での「リハビリ」という非日常の場で
患者さん、利用者さんの生活の本拠地である自宅に帰る時に
動かしにくい身体の状態で帰っているという現実をどう考えたらいいのでしょう?

ここで
療法士にも本人にも家族にも
問題の本質を見えにくくしていると思うのが
硬くなって動かしにくい身体という「実感」よりも
なにかがとにかくできた!という「実感」なのだと思います。

腕もガチガチ、足もガチガチ
それでも裸足で歩ける
今までは、いつも装具をつけてでないと歩けなかったのに
装具なしで歩けた!
ということは、非常にわかりやすい「できた」という「実感」です。
良くなりたい!と一生懸命だからこそ
できなかったことができるようになった…という喜びは大きいのだと思います。
その時に身体がガチガチになっている…ということにまでは
なかなか、気が回らないのではないでしょうか。
ましてや、感覚障害や高次脳機能障害を合併していることが多いのですから
なおさら、本人、家族にはわかりにくいと思います。

身体のはたらきが良くなった結果
今までできなかったことができるようになった…のではなくて
身体のはたらきが不十分なのに
今までできなかったことをやれば
必ず身体のどこかにムリが生じます。
そのムリが直後に起きればわかりやすいけれど
往々にしてムリが積み重なって時間が経ってから
「痛み」「動きにくさ」という「かたち」であらわれます。

私は何もできないことに挑戦することに否定意見を表明しているわけではありません。
何事も挑戦しなければ、新しいことを獲得することはできないのですから…。
けれど、私たちはあまりにも素朴に「できるようになること」を追い求めすぎているのではないか
…という気がしてしょうがないのです。

障害の専門家と言われる私たちなのに
「できかた」の具体的注意事項…どんな動きが望ましくて、どんな動きが望ましくないか
…をどれだけ本人、家族に伝えているのだろうか?
と思ってしまいます。

慢性期=維持期=現状維持が関の山
…だなんて、とんでもないことです。
維持期じゃなくて、展開期という言葉を使おう!という提唱をしている医師もおられます。
(「主体性をひきだすリハビリテーション」の著者の長谷川 幹先生です)

発症から10年近く経つのに
自分で端座位で骨盤を左右に動かすことができるようになった…という人もいます。
装具を外して歩いて硬くなり、
マットに仰向けになると麻痺側の足が宙に浮いてしまって下ろすことができない
…という人もいます。

リハビリ次第で良くも悪くもなるのです。
たとえ、10年経っていようとも…!

今は、「筋力強化」信仰が流行っているようですが(苦笑)
(特に、維持期…と言われる状態の人を対象とする専門家に非常に多い)
いずれ、そう遠くない未来に
「身体のはたらき」をもっと大切にしよう
たとえ、維持期の人であったとしても…!
いえ、むしろ、維持期だからこそ…!
という流れになると確信しています。

そして、もしも、本当にそうだと仮定すると…
もっといろいろなことにも自然と考えが広がっていきます。
それは、現状のリハが抱えるとても大きな課題です。











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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
speranzaさん、こんにちは。
すっかりご無沙汰しておりますが、2年くらい前に「私もゲド戦記ファンのOTなんです」、とコメントさせていただいた者です。

当時は老健(一人職場)で働いておりましたが、昨年よりOT2名体制の維持期・慢性期病院へ移ってきました。
一人職場なんだから仕方が無い、と言い訳をして、「しごと」や「学び」をさぼってきた老健時代でした。
今はその反省と、勉強しなおすチャンスを与えられたことへの感謝を実感しながら、楽しく勤めさせてもらっています。

リラクゼーションの大切さや、「誤用」の弊害の大きさということに、私は転職してようやく気付きつつあります。
今の職場の先輩がそういったことを重視する方で、その人のアドバイスがなければ、今も気付かないままだったかもしれません。

speranzaさんと先輩の考え方には共通するところが感じられ、現場とブログでとても勉強になります!
なによりsperanzaさんの文章って、読むと気持ちが落ち着くんですよね〜。
現場でもネットでもすばらしい出会いがあって、感謝しています!
まる
2009/08/20 23:20
まるさん、こんにちは!
お元気そうで何よりです。
コメントしてくださってありがとうございます。

良い先輩との出会いがあって何よりです。
良かったですね。

「誤用」は、実は本当に多いのでは?という気持ちを私はぬぐいさることができません。
上の記事から関連して考えていくと、もっといろいろなことが、「良かれと思っての誤用」が、実はたくさん起こっているのではないか…と感じています。
そのことについても記事にしますので、もし良かったらまたコメントいただけるとうれしいです。

まるさんのように
良い先輩との出会いがないという方もいるかもしれません。
1人職場で孤軍奮闘している方、同僚がいたとしても考え方のあまりの違いにかえって孤独感を強めている方…。
リハ職だけでなくて看護介護の人にも多いのではないでしょうか?
たった1人で頑張り続けることの意味がわからなくなって、もうどうでもいいや!と放り投げたくなることもあるかもしれません。
でも、たった1人でも、その1人がいるから、場の雰囲気が健全に保たれることってあるのです。
よく「誰が辞めたって仕事はまわる」って言うでしょう?
表面的には確かに仕事はまわります。
けれど、その仕事の意味、深みは全然違うんです。
最初は誰も気がつかなかったとしても
時が経てば経つほど、がんばっていた1人の重みは効いてくるんです。
(それでも気づかない人のほうが多いけど)

ゲド戦記の2巻「こわれた腕輪」の中に、ゲドとテナーが地下の迷宮から脱出しようとして、ゲドがテナーに言います。
「私は今にも崩れそうな天井を支えているんだ。壁が押しつぶそうとするのを押し返しているんだ。」
人知れずに、ゲドと同じようなことをしている人はきっといると思います。
speranza
2009/08/21 19:55

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