『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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zoom RSS 言語化できることが年々抽象化し少なくなる

<<   作成日時 : 2009/08/23 20:18   >>

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私はもう何年もあるところで介護職員への研修をしています。

どういう内容でどういう風に研修をしたら
参加者のためになるのか
ひいては、対象者のためになるのか
ずっと考え続けています。

ケアにしてもリハにしても
1番大切なことは
その時その場のその関係性において
適切な援助ができたかどうか
…ということです。

そして
その判断は自分にしかできない
…という究極の責任性を伴うものです。

私が感じるのは
その責任性から逃れようとして
(半ばは無自覚に半ばは意識化されて…つまり、心理的に抵抗している)
ケアの統一、マニュアルの作成や徹底、チームアプローチ、EBMや権威の根拠化
…等ということが巧妙にすり替えられて使われてしまっているのではないか
ということです。

研修会の最初に
「ふだん食事介助の時に気をつけていることをすべて書き出してください」
という課題を出しています。

この課題は何年も続けているのですが
年々、参加者が書き出す項目数が減り
年々、参加者の書き出す内容が抽象化してきているのです。

「相手のペースに合わせて介助する」
たったこれだけしか書けない参加者も少なくないのです。

書いていること自体は正論です。
でも、残念なことにこういうパターンの参加者は
自分が相手のペースに合わせて介助している
…と、まさしく思い込んでいるからこそ現実にはできていないのです。

「相手のペース」とは、どこを見るのか
「合わせる」とは、どういうことか
「介助する」とは、どういうことか

抽象的にしか言語化できないので
具体的には見えていないし
具体的に自分の行為を修正すべき術をもっていないのです。

たった1日の研修でも
感じる、考える、言語化する
そういった体験をすると参加者は変わります。

終了後の
「明日からの食事介助で気をつけようと思ったことをすべて書き出してください」
という課題に、書き出す項目数が増え、内容もより具体的になります。

この現実は何を示しているのでしょう?

言語化できることが年々抽象化し少なくなっている
目に見える食事介助でさえこうならば
もっと複合的で深度のある
「話を傾聴する」「楽しく過ごしてもらう」「その人らしく過ごせるようにする」
などということができようはずもないと思います。
結果として、良かれ…と思って
無自覚に「やらせ」たり「表面的同調」をしてしまうということが
現実に起こっているのではないかと感じています。

たった1日の研修でも
具体的に言語化できるようになるという変化
今、介護職の問題=低賃金ばかり表面化していますが
本質的な問題はそこにはないことが隠されてしまうように感じている人は
介護職だけでなくリハも含めた対人援助職の現場において
さまざまな問題が起こっていることを感じている人は
決して少なくないと思います。











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