『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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zoom RSS 認知症をもつ方への対応

<<   作成日時 : 2009/10/16 22:26   >>

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いつも疑問に思っていたことがあります。

認知症をもつ方が混乱してから
その混乱を「おさめる」にはどうしたらよいのか
…という対応を考える人ってすごく多いですけど
混乱しないようにどう工夫しようか
…という対応を考える人ってすごく少ないように感じています。

認知症のBPSDが比較的軽い時というのは
案外、その方の能力と困難と特性がわかりやすい時期でもあります。

そのような時にしっかりと対象者の方の状態を把握する体験を積み重ねておかないと
(そういうトレーニングをしていないと)
認知症が進行した方の状態の把握が難しくなってしまいます。

AさんならAさんが
混乱しやすいような場面を招かないような工夫
そういう工夫が「具体的に」「現実的に」できるためには
Aさんの能力と困難と特性の把握が必要です。
そういう努力をしないで
「Aさんは困った人だ」
というレッテルを貼るのはいかがなものか…と思ってしまいます。

私たちは曲がりなりにも専門家と呼ばれているのだから
家族にできないことができて当たり前
家族にわからないことがわかって当たり前
…なんじゃないのかな?
(もちろん、専門家が家族よりエライという意味ではありませんが)

対応が容易な時に対応しないで
対応が困難になってから必死になって対応しようとする

つまり
1:29:300の法則(ハインリッヒの法則)でいえば
300の軽微な状態できちんと対応していないから
29の状態をひきおこしたり
ついには1という状態にまで至ってしまうのだと思います。

そして、こういうことって
実は認知症をもつ方への対応に限った話ではないように思います。

たぶん
便利で効率的な暮らしにあまりにも馴れてしまったということと
その暮らしをもたらした技術革新(科学の一面)によって
便利な機械を扱っていたはずの人間が
ついには機械のように扱われることとなってしまった
(対象へはたらきかけるということは
 常に対象からのフィードバックを受けることでもあるので
 当然の帰結でもあるとは思います…)

経験の積み重ね…生きるということそのものの意味が
認識も実感もできなくなってしまったのではないだろうか

だとすると
いくらアタマで「300の対応」と言われていることはわかっても
目の前に起きていることがらと「300の状態」とを結びつけることは困難なのだろう

いずれ記事に書きますが
私は今後BPSDは増えこそすれ減ることはないと確信しています。
生物種としての人間の進化の途上においての
ピンチでもありチャンスでもあるひとつの現れなのだと考えています。











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