『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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zoom RSS 多くの人が認知症状を見過ごしている

<<   作成日時 : 2009/10/23 20:07   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 3 / トラックバック 0 / コメント 4

保健医療福祉の専門家と呼ばれる人でさえも見過ごしてしまうことが非常に多いです。

1番の理由は認知症という病気への誤解なんだと思います。
認知症=ひどい混乱、徘徊、異食…などなどのとんでもないことを言ったりしたりする
そういう誤解がまだまだ多いんです。

家族が保健医療福祉の専門家でありながら
HDS−R15点という状態像にもかかわらず気がついていない…というケースや
HDS−R14点という状態像にもかかわらず
ふだん接している職員は「しっかりしている人」と受けとめていたり
新規学習ができず被害妄想まで訴えているのに
「性格的な問題」と認識しているケースにも遭遇したことがあります。

人当たりがおだやかで職員に気を遣う人だったりすると
9割以上の確率で見過ごされてしまっているように感じています。

つまり、そのウラには「認知症をもつ人には気遣いができない」
という暗黙の思い込みがあることに無自覚だという現実が示されています。

認知症を見落とすことによって対応が後手にまわる
ということが1番の問題です。
水分摂取をおこなえずに脱水を引き起こすことを予防できなかったり
服薬管理が疎かになることで体調不良を引き起こすことを予防できなかったり
対応の工夫を適切におこなえずに関係性が悪化して本人、家族双方が苦しんだり

逆に言えば
認知症といういわばレッテルを張らなくても
その方の能力と困難と特性を把握して
対応が適切にできれば問題ないわけで
さらに逆に言うと
認知症というレッテルを張ったことによって
その方のいわゆる問題点ばかり認識されるようではそれもまた問題なわけで
ということは
いかに私たちがレッテルという枠組みに依存してものごとを見ているか
という次元の異なる問題も見え隠れするのですが…

また専門家と呼ばれる人に多いのが
その方を過度に良くみようとする…というケースです。
善意からだとは思うのですが
地獄への道は善意で敷き詰められている…という言葉もありますし
過度に良く見ようとすること事態、
なんらかの補償という心理的防衛機制が働いているように感じられてしまいます。

能力を把握できるということは
困難も把握できるということで
両面を把握できるということが
適切な把握であって
それができて初めて適切な援助ができることにつながるのだと感じています。











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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
教えて下さい。
>補償という心理的防衛機制が働いている。

というのは専門家が患者やその家族に対して
"専門家"であるが故に体裁を気にしすぎて
善人ぶってしまうということでしょうか?
ジロウ
2009/10/24 07:38
ジロウさん、コメントありがとうございます。

説明不足ですみません。
おっしゃるようなこともあるかと思いますが…
私がこの時念頭においていたのは、専門家というのは「役に立つ」ことができる人だと考えていますが、役に立てない…つまり適切な把握が困難な場合に、過度に良い面をみようとすることによって「役に立つ」ことを補償しようとする…ということがままあるように感じています。

以前にある方がおっしゃっておられましたが
施設職員の至れり尽くせりもいいけれど、施設で何でもかんでもやってもらってると家に帰ってから困るのは結局自分だし家族も困るのでは…?と。
大きな親切大きなお世話(苦笑)
現れ方は異なりますが、根っこはつながっているように思います。

蛇足ですが…
適切に対応するということは本当に難しいことです。
その困難さを知る人は、まず良いことをしようとするよりも悪いことをしないように心がけると感じています。
そして、悪いことをしない…というのは今すぐにできることが多いにもかかわらず、そういう努力をする人もまた少ないように感じています。
speranza
2009/10/24 21:02
ご回答ありがとうございました。m(_ _)m

認知症で現れるさまざまな問題において、
症状が明確で処置が見込めるものには専門家も適切に対応する(できる)が、症状の判別が困難なものには専門家としても対応していないことが多い。が、本当は判別が困難なものにおいても目を向けなければ認知症の解決にならない。

といったところでしょうか?

私は製造業関係の仕事をしている者で、何とも理解力が鈍く、すみません。

コメントの
”適切に対応する困難さを知る人はまず悪いことをしないように心がける”といったところ、また詳しく聴かせて頂ければうれしいです。


ジロウ
2009/10/25 07:30
ジロウさん、きちんと理解しようとしてくださっていることをとてもうれしく思います。
また、ご質問を受けることは、自分の考えをより明確にすることにつながりますので私にとってもとてもありがたいことです。

たぶん、このことは多くの人が(専門家と呼ばれる人でさえ)誤解していることだと思うのですが…
認知症をもつ方の症状というのは、マイナス面の困難だけが現れているのではなくて、症状という表面にはその方の能力と困難と特性とが現れているものなのです。

症状という表面的なマイナス面だけをどうこうしようとするだけでは、その方の能力を奪ってしまうことにもなりますし、過度に良い「解釈」をするのはその方の混乱を増長したり抑圧することにもなってしまいます。
(そしてこの抑圧というのは、ご本人、専門家と呼ばれる側双方の無自覚な要請…問題の表面化回避…ということから起こりやすいことでもあるのです)

>”適切に対応する困難さを知る人はまず悪いことをしないように心がける”
こちらについては、長くなりそうなので改めて別の記事に書いてみます。
ご質問ご意見ご感想をお聞かせいただければうれしく思います。
speranza
2009/10/25 21:32

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