『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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zoom RSS 制度のはざま

<<   作成日時 : 2009/10/04 22:49   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 5 / トラックバック 0 / コメント 3

思うのですが…

制度のはざまで困っておられる方がきっと大勢いらっしゃるにちがいない…と。

脳卒中後遺症をもつ方で
ADLは自立していて、意欲も高くて、でも身体機能は決して良くはない
そういう方が病院での外来リハを切られてしまうと
リハのニーズはあるのに
介護保険では非該当になったりして
(介護保険というのは、障害や病状の軽重ではなくて介護の手間が判断基準なのです)
リハサービスを受けられる場がなくなってしまう

良くなりたい…と思っているのに
リハも受けられない
相談の場もない
…としたら、自己流にならざるを得ない…ですよね?
良かれと思うことはなんでもチャレンジして
どういう状態が望ましくて
どういう状態が望ましくないか
やってはいけないことというのはどういうことか
そういうインフォメーションも不十分だったりすると
とにかく身体を動かす…というパターンになりがちです。
ましてや「できかた」についての説明がなければ
「できる」ことのみを追いかけようと過剰に頑張りすぎて
筋緊張を亢進させてしまい
しかもそのことに気がつかずに
動きにくい…不安定…用心して動かなくなり…
という悪循環に陥ったりしてしまうこともあるのではないかと思います。

もっと良くなりたい…と思って、リハへの意欲も十分にあって
心身ともに良くなるレディネスがある時に
リハを受けられずに
悪くなってからようやくリハを受けることができる
…言い方を変えると
悪くならなければリハを受けることができない…
そんな現行の制度のはざまで困っておられる方がきっと大勢おられるのではないかと思います。
この時に適切にリハを受ける
あるいは、少なくともリハ相談を受けられる
そういう場があれば、良い状態をもっと維持できていたかもしれない
もっと良い状態になっていたかもしれない
そんな風に思っておられる方がいらっしゃるのではないかと思います。

認知症予防もそうなのですが
身体面の介護予防についても
本当に予防が必要な方に必要な時に
サービスを受けられる場が実はない…

このような現状のなかで
今すぐにでもできること
…それは、サービス提供者側にとっては
どういう状態が黄色信号で
どういう状態が望ましいのか
やってはいけないことというのはどういうことなのか
ということを具体的にご本人ご家族にきっちり伝えておくことだと思います。
これだけでも今よりもずっと状況は良くなると思う。
悪循環に陥いりかけた時に気がつくだけでも違うと思います。

大抵の場合には
「できかた」よりも「できる」ことが優先されがちなので
(実際、どんなできかたであれ、できるようになったということはうれしいものですよね)
リハの報酬上からも「できるようになる」ことを誘導されていますし
質的向上の結果、量的にも向上する…というよりも
量的向上を重視する療法士も決して少なくありません。
(そのほうが他職種にとってもインパクトが大きく、説明の理解も受入れやすいようです)
でも、一時的にできるだけではなくて
でき続ける、そして、さらにできることが増えるようになる
…というのが本当の意味での向上ですよね?

病院や施設を退院退所する段階で
きっちりとリハ指導をしてもらえたら…と思います。
「とにかくがんばって歩きなさい」
「とにかくがんばって手を動かしなさい」
では、後から違う説明をすると受入れられないことがあるのです。
(それでもメゲずに説明をしていますが…)

できる=量的向上=筋力強化論
というのは根っこがつながっているな…とつくづく思います。
(このことはさておき)

厚労省を批判したり
制度の創設を叫んだり
それもいいけど
でも、今すぐにできることを案外していない
…ということって実は結構あるように感じています。











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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
ケアマネとしてサービスを調整するとき、その利用者やご家族が「リハビリ」という言葉について、だれからどのように説明を受けていらっしゃるのか、今、どのようなイメージを持っていらっしゃるのかと確認しながら関わるようにしています。

リハビリに最初に関わる医療関係者に、もう少し「リハビリ」という言葉を用いることに神経を使ってほしいと思うことがままあります。

貴記事を読み、思ったことを自分のブログに書かせていただきました。
(かなり、まとまりませんでしたけど(^^ゞ)

どりーむ
2009/10/05 02:11
どりーむさん、コメントありがとうございます。

老健が創設されたばかりの頃の「スローガン」に「寝たきり老人ゼロ作戦」がありました。寝ていることが寝たきりを作るから離床させたほうがよい…というものです。
「寝たきりになっちゃうから起きようね」という「善意」の声かけにより、寝たきり老人は減少したけれどその結果座らせきり老人が生まれました。

今は形を変えて、リハビリという善意の声かけが行われています。「リハビリしないと歩けなくなっちゃうよ」と…。
この言葉は確かにリハビリ提供者側が使っていた(いる?)ものでもありますが、本人家族の必死の要請としても使われている言葉でもあります。

このようなオブセッションとスローガンはタイアップしやすく…実際、リハビリというのは、心身ともに実際よりもっと多数の方に必要な知識と技術を提供できるものだと実感していますが、現実には歪められて適応されている…と感じることもあります。

問題は、リハやケアという固有の業界の課題に限らず(もちろんそれもあるとも思いますが)日本人全般の心性…ということにもあるのではないか…と考えています。(河合隼雄や渡辺京二を読んでいる理由のひとつです)

雑駁に言うと、個の確立へのトレーニングが十分に為されないままに価値の中性化という現状の中で個人が針路を図りかねている…だからスローガンに弱いし表面的には否定していても内実では依存や支配を望んでいるのではないか。(自分にとって心地よいという条件づきで、しかもそのことに無自覚で…という)
speranza
2009/10/05 22:21
リハやケアの世界において「対象者の意向にそって」「対象者の意向を尊重して」という「スローガン」を唱えることはできてもその理念をどうやって現実化、具体化していくのか「考える」ことができない、その結果起こっているのは従来の方法論の単なる踏襲や大多数への迎合…なのではないだろうか。

そういうことは、「Rehabilitation」の概念とは全く異なるのに…そのように考えています。
speranza
2009/10/05 22:22

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