『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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zoom RSS 年をとれば智慧も豊かになるし身体のはたらきも深まる

<<   作成日時 : 2009/11/13 10:59   >>

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年をとる=老化=衰える

なぜか、このような一方的な考え方が前提となっているいろいろな方法論が
疑問視されることなくまかり通っているように思われます。

多くの場合に
いろいろな方法論そのものが議論されても
その方法論が依って立つ前提についての議論が為されていないように
感じられてしかたありません。

リハの分野で、筋力強化、筋力強化と言われますが
私は大いなる疑問を抱いていますし
現実、筋力強化をしなくても良くなっていく方をたくさん経験しています。
(筋力強化が本当に必要な場合には、ターゲットの筋を明確にしたうえでちゃんとおこないますが)

人間、年をとれば
視力も落ち、聴力も低下していくのと同じように
関節にもガタがきて、筋力も弱くなるのは
「生きもの」としての自然です。

なぜ、みんな不思議に思わないのか、それこそ本当に不思議なのですが
視力が落ちてメガネをかけても
メガネだって合わなくなってくるでしょう?
補聴器だって故障したりするでしょう?

メガネや補聴器は、弱くなった視力や聴力を「代償する」ものだけれど
それでも、「代償するもの」も経年劣化するし
そのうえ、「代償されるもの」としての視力や聴力そのものの衰えは年々進行していきます。

  メガネをかけるとかえって視力が落ちる…と言われているのは
  代償に合わせて視力がはたらくからです。
  道具を使うことによって身体は変わっていく…という記事を以前に書いたとおりです。
  ここではややこしくなるので、これ以上は触れません

量的低下は、
「生きもの」である以上、逃れられないし
「機械」は必ず経年劣化していくものです。

私はよく例えに使いますが
冷蔵庫だってテレビだって50年60年経てば壊れるし
家だって50年立てばガタが出るでしょう?と
それを思えば、人間が80年90年生きてこられたというのは
もうそれだけでもすごいことだと…
ガタが出ないほうが不思議だと…

だから
年をとっていくということは量的低下とともに生きる
ということ以外の何ものでもない
という大きな前提条件があります。

でも
本当に生命の神秘というのは、すごい。
今の私には、そのほんの一端しかわかりませんが
人間、生きるにしたがって
そう望めば、そしてそうしさえすれば
生きるということは、常に良くなっていくことでもあるのです。

赤ちゃんの時よりこどもの頃
こどもの頃より学生の頃
学生の頃より社会人の頃
社会人新人の頃より中堅の頃
中堅の頃よりベテランの頃

年を重ねるにつれて
今までわからなかったことがわかるようになり
できなかったことができるようになっていきます。

人間としての智慧が豊かになるからです。

それは、考えるという精神的なことだけでなくて
実際にその精神を身体を使って現前してみせる
ということで身体としての智慧の深まり…身体のはたらきも深まっていくのです。

人間の精神と身体は別々のものではありません。
人間が生きていくことで
精神的な智慧が豊かになるのなら
身体的な智慧も豊かになって当たり前のことです。

精神的な衰えとして
年を重ねていくと、機械的な記憶は低下します。
けれど、同時に智慧は豊かになる。

身体的な衰えとして
年を重ねていくと、視力聴力筋力などの物質としての身体そのものの機能は低下します。
けれど、同時に身体の使い方、はたらき…という能力は豊かになる。

ただ
人間はどのように生きるかは自由…

ぼーっと生きていれば
智慧も豊かにならない、身体のはたらきも深まらない
そういう生き方も可能にしてくれたのが今の便利な社会です。

量的向上だけを追い求めていれば
年をとる=ただの低下でしかない生き方もできるし
もしも本当に望めば、
年を重ねる=新たな自分への遭遇という生き方もできる

筋力低下が起こっているから筋力向上しましょう
という考え方は
老化ということ、ひいては、
人間が生きるということそのものを否定する側面を暗に含んでいて
Re-habilitationの概念の本質とは乖離したものであるのに
リハビリテーションという名前がついている場で
実践をとおして、方法論とともにその前提となる考え方が
無自覚のままの拡大再生産がおこなわれているという
とんでもないことが現在進行形でおこなわれています。

私はそのことに
非常に大きな深い危惧を抱いています。
今すぐにできる効果的な方法論というものをいまだに見つけることができません。
せいぜい、日々の実践の中で目の前にいる方に伝え続ける
このウェブログのような発信の場を使って
キャッチしてくれる誰かがいることを信じて発信し続ける
そのくらいしか思いつけません。

けれど、もしも、私の考えていることが適切なのだとしたら
きっといつか道はみつかる…そう信じています。




かつて
ものごとがもっと便利でない時代には
人間の頭と身体を使っての創意工夫がなければ生きてこられませんでした。
だから、お年寄りは尊敬された。
今は、人間が創意工夫しなくても
機械が創意工夫してくれているので
創意工夫…智慧をしぼるということそのものが身近な暮らしの中でどんどん失われています。

それは、考えるという精神面だけでなくて
考えを現前させる身体という身体面においても起こっていることなのです。

子どもたちの身体がどんどん不器用になっていく
…というニュースを一時期はよく耳にしましたが
今では当たり前となっているのか、かえってあまり聞きませんね。

今の20代、30代の人の書きものをしている時の鉛筆の持ち方をみれば
(私はOTですから…笑)
「問題」は起こっていないけれども
不器用さ…身体の協調性の低下…というものが一目瞭然です。

社会の変化が人間の成熟を実感できる場面をどんどん阻害している。
けれど、人間としての本質の核の部分が変わることはない
ただ、そうあろうとするかどうか
その違いだけだ…と。




おどかすわけでは決してありませんが
量的向上を追い求めての人生も自由ではありますが
その方法論は早晩効果を失います。
量的向上という回路しか使ってこなかった人生では
最後になってとても苦しい辛い思いをすることになるのは目に見えています。

Re-habilitationの本質は、量的向上ではあり得ません。

私たちには
望むと望むまいと
その方のRe-habilisに関わらざるを得ない
たとえ、今は無自覚であったとしても
そういう責任性からは逃れられない

療法士だけでなく
医師も看護も介護も
対人援助職であるならば…

そう思うのですが…















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