『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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zoom RSS 療法士=治す人、患者さん=治してもらう人

<<   作成日時 : 2010/02/08 19:27   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 6

これは、真っ赤な誤解です。

そして、根強い誤解です。

リハビリして「もらえば」良くなる
…そんなことはありません。

療法士にできることは
患者さん、利用者さんが良くなっていくことの援助にすぎません。

もしも、一部の療法士がよく言うように
「自分が治してやった」
「自分が歩かせてやった」
「自分が良くしてやった」
のだとすれば
それは、その療法士の脳が患者さん、利用者さんの脳をのっとったことになります。
「○○させた」
のですから。

それは、Re-habilis の本質に反することです。
RehabilitationではなくてContorolしたということです。
Contorol つまり 支配…です。

栗本慎一郎さんの名言があります。
「麻痺は治らないけれど練習したことはできるようになる」
ジル・ボルト・テイラーさんの名言があります。
「元に戻るのではなくて、生まれ変わる」

脳卒中後遺症の方のリハビリを端的に現している言葉です。

かつて
私にこう言った方がいました。
「一生懸命やってもらってるけど、ちっとも良くならない」
私はその方に言いました。
「そう思っているかぎり、良くはなりませんよ」

この方だって、良くなりたくないわけではないと思います。
でも、自分が努力しなければ…
リハビリは運動学習なのですから

子どもが生まれて初めて自転車に乗ろうとすれば
子ども自身が自転車に乗って
フラフラしながらハンドルを握って、痛い思いをしたり、怖い思いをしたりしながら
ようやく乗りこなせるようになるのであって
自転車のサドルに座っていさえすれば
自転車が勝手に走ってくれる…なんていうことがないのと同じことです。

リハビリについては
根本的なところで
ものすごい誤解が染み付いてしまっている。
それは
リハビリを提供する側にも
リハビリを受ける側にも
同じように誤解が染み付いてしまっている。
そう感じています。

たぶん
そのような誤解を受入れやすいような余地、精神的土壌
とでも言うようなものが
良くも悪くも
私たち日本人にはあるようにも感じています。

だからこそ
逆に
厳しい道ではあったとしても
リハビリの本質を明確に定置し自らに取り入れることも
できる可能性があるのだと思うのですが…

そして
もしも、リハビリの場で可能であるのなら
それは、もっと一般的にいって
自立と自由と共生への
欧米社会とは異なる在りようの実現にもつながるのだと考えています。














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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
今一度、僕たち療法士の存在を考えねばなりませんね。
患者さんは療法士のことを「治してくれる人」と期待を寄せてしまうのは当然のことですよね・・・。

良くなっていくことへの援助。
まさにその通りだと思います。

ありがとうございます。
510
2010/02/08 23:35
 急性期病院で、私を担当する療法士さんの最初の言葉を忘れることが出来ません。
「マサおじさんのリハビリをお手伝いします。一緒にがんばりましょう。」
 この言葉を聞いて「リハビリとは自分ですることだ」と悟りました。

 同じような言葉を回復期リハビリテーション病院のスタッフからも聞きました。

 患者の体と心を読み取って、患者が効果的な努力をするように指導するのが療法士さんの仕事の大部分だと思います。


マサおじさん
2010/02/09 11:17
510さん、コメントありがとうございます。

たぶん、「リハビリ」というイメージを、実際に受ける前から既に抱いておられるのではないでしょうか。
脳卒中という病気や障がいについて、本質的なことをきちんと理解されておられる方って、実は少ないように感じています。
(その責任はきちんと説明していない提供者側にあると考えています)

そして、また、何によらず、事実とは異なるイメージを修正するのは、実はとても大きな困難を伴うことだとも感じています。

自覚しようがしまいが、私たち療法士が抱えている課題は、とても大きいと感じています。
長崎浩が言うように「見失われているのはリハビリテーション医療に固有の理論であり、この意味での専門性」なのだと痛切に感じています。
speranza
2010/02/09 20:00
マサおじさん、コメントありがとうございます。

>「リハビリとは自分ですること」
おっしゃるとおりなんです。
そして、なぜ、そうなのか…ということを理屈としてもきちんと納得できている…ということが、リハビリをするうえでとても大切なのだと感じています。

療法士の言葉で、本質と具体的方法論に齟齬がある…という時には、どちらかがブレている時だと感じています。
speranza
2010/02/09 20:10
お久しぶりです。しばらくゲームの方を楽しんでいました。
リハビリテーションという言葉の原義…重症心身障害者施設で伺ったのですが、リハビリの「habilitation」は能力を獲得することの意味らしいです。先天的な障害を負った人へのリハビリは、「re」が意味する「再び獲得する」という意味のリハビリではなく、新たな能力を獲得するための訓練であるようです。

私は長い間、医療技術や薬が人を「治す」と思っていたのですが、人の持つ本来の力が回復した時に「治った」と感じるだけのようです。苦痛や不安に対する緩和はできても、「治癒」というのはあまりにも少ないように思います。
そういったことを自分の言葉で発言できるようになっただけでも、長い間看護師をやってきて良かったのかもしれません。
銀河旋風児
2010/02/13 14:59
銀河旋風児さん、お久しぶりです。
お元気でご活躍のことと思います。

私は、「治る」「良くなる」ってどういうことなんだろうとずっと考えてきました。
「病気になる」ってどういうことなんだろう?とも。
病気と健康との境目ってあるのでしょうか?
高血圧っていう診断はあっても、ある日突然高血圧になるわけではないし、ある瞬間に突然血圧が正常化するわけではないし、そしておそらく高血圧は血圧という部分のあらわれだけれども、身体総体の変化の一部としてあらわれているのだと思います。

健康って本当は絶対的なものではなくて、相対的なものなんだと感じています。
人間が生きている限り…

だからこそ、提供者側の無自覚な「何かに照らしての」マイナスの修正はRehabilitationの本質とはかけ離れたものだと考えています。
speranza
2010/02/13 20:09

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