『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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zoom RSS どうしたらいいのか教えるのではなくて

<<   作成日時 : 2010/02/13 20:11   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 2

どうしたらいいのか考えられるようになることを教えることのほうが大事だと思う。

臨床実習において
担当ケースのレポートの書き方や検査のしかたを教えるのではなくて
担当ケースのレポートや検査などの具体的体験を通して
自己検証できるようにすることを
教えることのほうがずっと大事だと思う。

なぜなのかはわからないけれど
そういうふうに教える人って少ないようですが
私にはそのことがとても不思議です。

だって人間って生きてるんだから
「固定」してはいなくて
常に「変動」しているものでしょう?

その時、その場の、その関係性の中にいる人にしか
わからないことってたくさんある

体験を通して学ぶんじゃなくて
ハウツーを教える

学生が自己検証するPDCAサイクルを実体験するんじゃなくて
指導者が良し悪しを判定する

指導する側も
指導される側も
そんなんで不安にならないのかなぁ?

自分の中で確信が持てなくても
誰かに良いよって言ってもらえれば安心できるのかなぁ?

逆に言えば
そういう考え方って
誰かに良いよって言われるように…か
誰かにダメって言われなければ…と
自己検証しなくなっちゃうってことだと思うけど。

こういう時にはどうしたらいいのか?って問う人は多いけど
こういう時は何が起こっているのか?って問う人は本当に少ない。

あまりにも便利な社会ということと
自己検証しない、できない、ということと無関係ではあり得ないと感じています。

かつての不便で貧乏が当たり前の社会では
生活するということは自己検証の実体験で満ちていた

鉛筆を削って、ギザギザになったり段々になったりするのは
自分の「削り方」が良くなかった以外の理由がない。
井戸から水を汲んで運ぶ途中で水がこぼれてしまえば
「運び方」が良くなかった以外の理由がない

だから
自分の身体の使い方を自然に工夫していた。
周囲の年上の人たちの身のこなしを見て吸収していた。

今は
鉛筆がきれいに削れなければ鉛筆削り器の故障のせい。
蛇口をひねって水が出なければ水回りの故障のせい。

ものごとがうまくいかないのは
誰かの何かのせい。
生活するということは、そんな体験ばかりです。

人間が人間をControlしようとするのも当然の帰結なのかもしれません。

対応に困ったときの方法論
トランスファーの方法論
etc、etc…。
いずれも
どんな方法論にだって依拠する考え方があるものです。
考え方とともに方法論を学ぶならば、それは有益だと思う。
けれど
単にハウツーとしての方法論を収集するなら
知識に人をあてはめているだけで
誰かのために知識を活用するのとは根本的に異なる考え方です。

このような状況だからこそ
リハやケアの場でおこなわれている実習の指導のありかたが
切実に問われていると感じています。












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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
speranzaさんはどうやって自己検証しているんですか?
ぷー
2010/02/16 21:16
ぷーさん、コメントありがとうございます。

自己検証のカギは「良い」目標を設定できることだと考えています。良い目標が設定できれば具体的に試行錯誤ができます。
自慢じゃありませんが、私は「良い」目標を設定している自信があります。

教育工学の分野では当然のことだそうですが、リハの世界では残念ながら良い目標を設定している療法士は少数だと感じています。

実習指導ではとても重要なことだと考えているので、私が教えた学生は、少なくとも、担当ケースについては良い目標を設定できるし、一般的にも、良い目標と悪い目標の違いがわかるようになって評価実習を終えています。
speranza
2010/02/16 22:29

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