『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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zoom RSS 食事は、ご本人、介助者どちらにとっても重要な場面

<<   作成日時 : 2010/04/23 21:37   >>

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と、再認識しました。

たとえ、全介助の方でも。
むしろ、全介助の方だからこそ。

単に食べさせる場面と位置づけて関わることもできるけれど
見ようと思えば
その方の能力と困難と特性をたくさん見いだせる場面でもあります。

能動的な座位保持がどのように可能かあるいは困難なのか
食塊認知をどのようにしているのか
とりこみと咀嚼のしかた
はたまた、食べ物の好き嫌いや満腹感
それらの表現の方法
そういったことから、その方の人となりを推測することもできます。

ADLの介助量が多い方
言語表出が少なく限られている方
意思疎通が困難な方

そのような方には
食事という、その方が能動的に関わることができる場面って
とても貴重です。

単にできるかできないか…ということで見たら
ADL全介助…で終わってしまう
身の回りのことをお世話してもらっている人…としてくくられてしまう

けれど
どのようにするのか…ということを見ていくと
その方がどんな能力をもっていてどんな特性をもっていて
ということがおぼろげながらわかってきます。

V・E・フランクルは「態度的価値」と言いました。
それは過酷な状況にどのように向かい合うか…というその人自身の態度そのものが
誰にとっても貴重なのだ…と。

リハ職、とりわけ、作業療法士Occupational Therapistが
「態度的価値」をその人自身が見いだすことをどのように援助していくか
…ということは
Occupyという言葉の意味を
作業療法士自身が自らに問い直すことそのものを意味するのだろうと思う。

生きているかぎり
その人は常にその人らしく在る
今がどのような状況であっても過去のその人自身と無関係ではあり得ない
それを見い出せるかどうか…は本人ではなくてむしろ周囲の課題なのだと思う。

食事という場面が
単に出されたごはんを対象者の口の中に入れる作業
となってしまっては、もったいないし、とても哀しいことだと思います。

施設で働く職員から往々にして聞く言葉に
「ADL介助に追われてなかなかコミュニケーションをとる時間がない」
というものがあります。

確かにそういう側面もあるのでしょう。
けれど、そういう言葉のもう1つの側面に
ADLはしてあげるもの…という意識が見え隠れしているように感じられてなりません。
どんなADLでも、能動的な行為の発露の場なのに…
ケア、介助…という行為を
「できることはやっていただき、できないことを介助する」
という観点だけではなくて
「その人自身が為すことを援助する」
という観点で見直してみると
ADLが単に動作的な自立支援の場ではなくて
ADLというのは、その人らしさが発露する貴重な場であることを実感してもらえると思います。

そして
ケア、介助…という職業的行為は
私たちにとっての行為でもあるからこそ
行為の主体者である私たち自身が
どのように為すか…という自らの態度、価値観を否応もなく表明してしまう
言葉にならないもう1つの言葉で

行為に関わるということは
望むと望むまいとに関わらず
双方にとって、目に見える動きと平行して同時に
もう1つの言葉で交流し合っている場でもあるのだと感じています。















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