『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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zoom RSS BPSDは能力の発露

<<   作成日時 : 2010/05/09 07:09   >>

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BPSDという「かたち」ではあるけれど、その方の「能力」があらわれてもいる

認知症をもつ方のケアで問題視されるのはBPSDだと思う
そして、巷にあふれるのは
どのようにBPSDをなくすか、改善させるか
…という「対応論」です。

これって、
お年寄りや維持期の方に
筋力強化をしましょう、ROM訓練をしましょう
といった「方法論」とまったく同じだと思う。
あらわれかたという「かたち」は違えど「根っこ」はまったく同じ

BPSDを悪いものとしてしか捉えられず
表面的に修正しようとすれば
BPSDという「かたち」に意味された「意思」や「気持ち」をも暗に否定することになり

  たとえ、意図していなくても
  お年寄りにとってはそのようにしか受けとめられない

  対人援助職で必死に働いている人なら、
  投げやりになりそうになる気持ちを
  抱いたことがないわけがないと思います

状況はさらに悪化するか、お年寄りはアパシーの世界へとひきこもってしまいます。
それは本当に認知症という病気が進行しての症状なのでしょうか

ある方は、ずっと大きな声で特定の言葉を叫び続けていました。
その方にバリデーションをすると
ある時に、舌で遊ぶような動きをみせ
そして、しっかりと自ら口を閉じたのです。
最後に、まるで、私はもう大声を出さない…と言うかのように
軽く唇を合わせた後にぎゅっと閉じたのです。
自ら

涙が出そうになりました

大声を出す…ということをわかっている
にもかかわらず、そうするしかできずに、そうせざるを得なかったに違いない
どんなに辛かっただろう…

認知症をもつ方は感情に非常にセンシティブです。
こちらの態度が「使役」か「尊重」か…ということを明確に受けとめる
表面には騙されない

  静かに「させる」、声を出さなく「させる」、活動に参加「させる」
  …という、こちらに「合わせる」ことを意図しているのか
  (悪意はないにせよ)
  本当に気持ちや言葉にならない声を聴こうとしてくれているのか
  明確に判断します
  自分自身に正直になれば、
  自分の態度に思い当たることがあると思うのですが
  そうであろうとする人は少数派です
  でも、そうやって「でしか」自分を守れないのだとも思う…
  だけど、そうしたら援助職としての成長…変化を
  拒否することにしかならないのに…
  そして、そのツケは自分が病気になったり年をとった時に何倍にも
  なって戻ってくるのに…

たとえ、バリデーションが普及しても
こちらの態度や意思や思考が変わらなければ
表面的なテクニックを表面的に流用されておしまいとなってしまう

大切なことは
目の前の事実から私たちが「見てとる」ことができるかどうかなのだと思う

そして、先のケースであげた方とのやりとりを見聞きして
その瞬間に気がつき
「何で(大声を出さずに)黙るの?」
と注目した職員もいれば
まったく状況の変化に気がつかない職員もいます。
それは資格の有無や経験年数とは関係ない
その人自身の向き合い方そのものがにじみ出てしまっているのだと思う

そして、もっと大切なことは
声を出さなくなった…あぁ良かったで終わりではなくて
ずっと大声を出し続けていた方が
そうではない方法を見つけた…と思ったこれからにおいて
新しい方法が有効なのだ…と実感できなかったとしたら
その方はまた前よりもひどい大声や時には暴力といった「かたち」にしがみつくかもしれない
さらにはアパシーに陥ってしまうかもしれない
その方とのやりとりは、ようやく入り口に立てたのだと思う
これから…を思うと身が引き締まる思いがします。

今、私たちにとって必要なのは
新たな知識やテクニックではなくて
どのように見るか…という私たち自身のありようを
私たち自身がRe-Habilisしていくことなのではないでしょうか。














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