『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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<<   作成日時 : 2010/07/18 16:17   >>

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自分の中で準備が整うと、ちゃんと出会いの場が用意されてくる

養老孟司も内田樹も言ってるけど
「自分を探しても自分は自分の中にはいない。
 他者との関係性の中にある」

ホントもその通りだと思う。

自分がやってることの意味も
他者との比較対照の中で一層明確になると感じます。

他者との関係性において
(ここでは、私との…という意味になります)
その人が何を優先基準として組み立てているのかも明確になる

1番、重要なことを大多数の人が言葉にしては語らないけれど
その人が語る言葉やふだんの実践という行為が
その人の判断基準や思考のありようを明確に語る

たとえ、相手がどんな人であったとしても
相手にとっても
そして、自分自身にとっても
無意味な出会いなんてない

前は「この人はなんて考え無しに仕事してるんだろう」と感じたけれど
今は「こういうところがわかりにくいんだ。
   実践の具体的方法論を位置づける考え方とその違いを
   明確に伝えないと相手は根本的な考え方を共有してる
   と思い込んでるから混乱して自己防衛しようとするんだ」
ということがわかるようになりました。

言葉をやりとりすることで
その言葉を支える思考や実践までやりとりできる人ばかりじゃない。
むしろ、そういう人って少数派なんだろうと思う。
だから、そういう人と出会えたら大切にしていきたいと思う。
そうでない人との出会いは…(苦笑)
自分の考えと実践をもっと明確にするきっかけになったことを感謝したい。

そうして、咀嚼していくと
さらに明確な言語化、表現としての場が与えられる…

新たな出会いが
できうることならば
自分にとっても、聴いてくださる方にとっても
意義深いものとなるように…
がんばる!

こういうことが明確にわかるようになってから
自分で自分を守るということや
自分を大切にするということが
どういうことなのかようやくわかってきたように思う(苦笑)

出会いというものが
自分自身の成長と成熟のためにあるならば
嫌な感情を抑圧することなく消化できる術がある!

たぶん、このあたりで悩んでいる対人援助職の人も多いのではないでしょうか?

たぶん、私のウェブログを訪れてくださる人のなかには
心のどこかにそのような気持ちを抱えておられる人もいらっしゃるのではないでしょうか?

マイナスの感情を発散することに疑問をもったり
マイナスの感情を抑圧して辛くなったり
第三の道を探しあぐねている…それはついこの前までの自分ですが
そういう人がきっと他にもいると思います。

がんばってほしい。
いつかきっと第三の術を自分自身の中に見いだすことができるはずです。

きっと本当は
もっと前からいろいろな出会いが息をひそめてあったのだと思う。
でも、私の中に準備が整っていなかったから
実際には起こっていても、私にはわからなかったのだと思う。

準備が整いさえすれば
いろいろな出会いの意味がそれこそ
ある方向を指し示すかのようにつながってくる…!
本当に…!

こういうことを何回もその都度より深くわかりなおしていくのだろうと思う。

だからこそ
声に出して、かたちにして、世界にあらわすということは大事。

でも、それは単なるおしゃべりじゃいけない。

説得力のあるもの

今までは数字が説得力をもつと根拠なく信じられてきた
数字が指し示すものは、実は、誰かの視点とその考え。
その視点においての結果に他ならない。
(数字…統計を全否定しているわけではありませんが)

その意味では
誰かの視点とその考えを
数字以外のもので指し示すことだって可能だと思う。

それは文学の世界で既に証明されています。

固有の世界が普遍性を獲得できるということ。

そういう説得力ある声とかたちを自分自身がもっているかどうかが問われるのだと感じています。






澄みきった夏の青空…

秋のそれとも冬のそれとも違って、エネルギーに満ちている



















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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
思わず頷きながら、読んでいました。
でも、まだもうちょっと咀嚼が必要かもしれません^^;

>そういう説得力ある声とかたちを自分自身がもっているかどうかが問われるのだと感じています。
まさにその通りだと思います。実はあまり本を読む習慣(というより努力)が無く、この1年で本を読めるようになりました。文学者の語る世界観に感動しっぱなしで、何かを言語化することの重要性を改めて感じています。
しかし、その反面で言語化した故にその感覚や思考が縛り付けられるようなことがあるように思います。僕もブログを書いていて、よくそんな気分になります。語彙や表現力の乏しさ+あまり考えていないことが祟っていますねぇ・・・(苦笑)
なので、人と接する時は吐き出されたものが全てではない、そう肝に銘じています。そして、自分の思いをより豊潤に表現・アウトプットできるようにしていきたいな、と思っています。

夏休み・・・前の感想文でした(笑)
510
2010/07/18 20:09
510さん、コメントありがとうございます。

2010/4/18の記事「本を読むということは」で取り上げたM・ポランニーの
『私たちのメッセージは、言葉で伝えることのできないものを、あとに残す。
 そしてそれがきちんと伝わるかどうかは、受け手が言葉として伝え得なかった内容を発見できるかどうかにかかっているのだ。』
という言葉は、まさにその通りだと感じています。

だからこそ、その時その場でできるかぎり言語化への努力をしたいと思っています。
そして丁寧な言語化への努力は、commitmentを引き起こし、感知awarenessのアンテナを磨くことにも繋がる…そのように感じています。
speranza
2010/07/19 20:01

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