『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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zoom RSS リハ職だからできること

<<   作成日時 : 2010/08/09 22:53   >>

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リハ職は、マンツーマンで関わる時間があるからこそできることがあると思う

このご時世ですから、
どんな職場のどんな職種の人も忙しく働いていると思う

看護介護職員ももちろんそうだと思う。
そして、多くの場合、何時までに○○をせねばならぬ
…という締め切り仕事を1日のうちにいくつも抱えていると思う
それは、やっぱり、物理的な忙しさ以上に心理的な忙しさとしてプレッシャーになっていると思う

そんな状況にも関わらず
対象者の方の能力と特性を発見し続けるような人は本当にスゴイと思う。

それができると
関係性もグンと変わってくる
(少なくとも、そういう人は、指示的な働きかけが少ない)

リハ職だって、みんな忙しいし、20分という限定があるけれど
その時間は、マンツーマンで関われるんだよね。
看護介護職員よりも、ずっと気持ちの余裕はあると思う
(別の種類の忙しさはあるにせよ)

その方の能力を見いだす…特性を把握する…っていうことは
リハ職だからやりやすいっていうこともあると思う。

本当は、看護介護職員との恊働で
対象者の方が変わっていく過程そのものを援助できれば1番いいと思うのですが
現実、厳しいなぁ…と感じることが多々あります。
(それがかなって本当にうれしく思うこともありますが)

私が思うのは
障がいと能力の発見については
まず、リハ職とご本人との間で
「できるようになり」「ある程度の再現性が確認」できたところで
看護介護職員へ伝達していったほうが無難だなぁ…ということです。
そっちのほうが、結局は早く身につくことと対象者の方の混乱が少なくてすみます。

あまりにも早く
(対象者の方の能力が現実に発揮される前に)
能力を伝えても、目に見えないものは説明されてもわからないんだと思う

だから、目には見えないけれど能力の発芽を鋭敏にとらえて
発芽が大きくなるように
できれば早く確実に大きくなるように
関わっていくことは、
リハ職の専売特許ではないけれど
たぶん、リハ職が1番やりやすいことだと思う

対象者の方が変われば
こっちがなんとも言わなくとも
自然に看護介護職員の関わりだって変わってきますもの

ものすごいこだわりがある方でいつも険しい表情をしていた方も
今は、声をたてて笑うようになりました。
まだ、ハチ寄せてますが
(眉毛と眉毛の間を狭めてしかめるような顔のことをこちらではこう言います)
最初は口だけ笑っていたけれど
今は目も笑うようになりました。
今日は顔を真っ赤にして声を出して笑っていました。
写真に撮ってみんなに見せたかった〜!
(私の心のレンズには保存されました (^^)☆)
ご本人も強引な行動は減ったし
職員の強引な行動も減ったと思う

この方に私がしていたのは
(現在進行形でしているのは)
毎日笑顔で声をかけるだけ
用がなくとも
(用事がないからこそ)
笑顔で話しかけることこそが大事!
と考えています。
(通り一遍の挨拶だけじゃダメですけどね)

たったこれだけのことですけれど
今まで誰も実行してこなかったことだと思う

たった1分あれば十分なこと
30秒だっていい
どんなに忙しくても8時間の勤務中に1分や30秒の時間がとれない
なんてことは決してないと思います。

中井久夫が言うように
病気の面に着目することがかえって病気の治癒を妨げる
という面が
認知症をもつ方にも言えることだと考えています。

認知症状の「修正すべき」「改善すべき」「困った」点という
見方とその対応方法と(ひどい時には対応の統一が)
悪循環に陥っている大きな要因となっていると考えています

余談ですが
もしも、このことが真実だとしたら
(実際に現実に起こっていることですが)
人間の精神と身体には、平行性があると言われています。
だとしたら…認知症をもつ方に限った話でしょうか?













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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
 久しぶりにコメントします、PTのかずです。脳出血から1年経ちました。復職して4ヶ月です。

 「できるようになり」「ある程度の再現性が確認」できたところで・・・。
そのとおりだと思います。リハ職と一緒だとできるのに日常生活ではなかなかできないっていうことありますよね。介護の人からは「リハビリはゆっくり関われるから」で済ませられてしまいますが。それだけでしょうか?
 「できるようになり」の段階で伝えてもそうとられてしまうことが多いと思います。「ある程度の再現性」を獲得するまで能力を向上させてから伝えるとまた違うんじゃないでしょうか?私たちリハ職もできたことに満足しないで「再現性の獲得」まで持っていくことが必要なんだって思いました。

 それから変化を見つける目を持つって言うことが大切だと最近(今さら?ですが)痛感しています。そしてそれに対して声がけやアプローチしていくことが必要なんだって。

 病気をしてからマンツーマンしかできないんですがその分利用者に深く関われるようになりました。で、思ったのは脳卒中でも認知症でもなんでも関わり方次第で何年経っていても「もっともっと良くなるんだ」っていうことです。自分も含めてもっともっと良くなるようにあきらめないでがんばります。
かず
2010/08/15 00:45
かずさん、コメントありがとうございます。

哀しいかな、結局は「ないものねだりはしない」という線に落ち着きました…。。。
そうでないと、職員の自己防衛のために、対象者の方が辛い思いをしたり混乱してしまうようなことになってしまうからです。

本当に疑問に思うことは、対人援助職にもかかわらず(だからこそ、なのだとも思いますが)自分の言動に無自覚な人が多いことです。
優しい人が多いとは思いますが、自己愛的に優しいだけの人もかなりいるので、尊重することと迎合することの区別がつかない、注意=パワハラとしか受けとめられない人もかなりいます。
(対象者の方にグチをこぼす人だっています!)
本質的な意味でコミュニケーションがとれない…だから、プロとして本領発揮すべき場面で発揮できないのだとも考えています。
(このことについての関連記事を書きました。よかったらご覧ください)

ものごとは関係性の中で起こりますが、その体験を身体は明確に記憶しています。
ありのまま、そのままに…

よく死ぬ瞬間には今までの一生をフラッシュバックのように思い出す…と言われているでしょう?
ふだん、意識していなくても、忘れているわけでもないし、体験したことはなかったことにはならない。
それは心でも身体でも。

対人援助職の人のうち、どれだけの人がそういう重みを自覚して仕事しているのだろう…と思います。
speranza
2010/08/15 08:55
良くなる…という言葉の意味するところは人によってさまざまだと思いますが、かずさんならこれからもっともっと変わっていくと思います。
その変化を当事者としてもPTとしても体験するというのは、かずさんにしかわからないことがわかるということでもあると思います。
発症1年…サバイバー1年。
がんばっていらっしゃるのですね!
かずさんの努力に乾杯!
遠くからですが、応援しています!!
speranza
2010/08/15 08:56

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