『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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zoom RSS 援助と使役について

<<   作成日時 : 2010/10/10 22:03   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 4

リハビリや作業療法について塊のような疑問をずっと抱えていました。

ある時、その塊のかたちが目に見えるようにわかりました。

それは
「ギフト」という本の中に書かれたある言葉との出会いがきっかけです。

「ギフト 西のはての年代記 T」
アーシュラ・K・ル=グウィン
河出書房新社
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309204642



『ああ、でも、もしかしたら、ギフトを両方向に使うことができないということも、その理由だったかも。
後向きと前向きと、両方の方向に、同時に使うことはできないものね』





私たちにできることは「援助」です。
それだって、ほんとうに役立つようにできたかどうか…

けれど
「援助」という言葉をまとっただけの「使役」がこんなにも蔓延している

目の前にいるお年寄りに
「食べることを援助する」のではなくて
「食べさせる」
「歩くことを援助する」のではなくて
「歩かせる」
「楽しむことを援助する」のではなくて
「楽しませる」

「援助」と「使役」は
見た目、ほとんど同じように見えて
その実、
関わりの方向としてはたらくベクトルは真逆です。

お年寄りは、
自分にはたらいているベクトルが
どちらを向いているのかを明敏に察します。
そして、その「ベクトルに対して」反応します。

かつて
作業療法は、その名のもとに大きな過ちをおかしてきました。

精神科の入院患者さんを病院の管理的な労働に使役してきた
…という過去があります。

けれど
この過ちの発端は
「できることをしてもらおう」
「はたらけることは良いことだ」
という良かれと思っての方法論だった可能性があります。

目的と手段の混同
意図のすりかえ

いつのまにか…ベクトルの向きが正反対になってしまった可能性があります。

現在
リハビリ…という名のもとに
寝たきりにならないように…
認知症にならないように…

それは
本当の援助でしょうか?

現在
作業療法…という名のもとに
Activityを工程ごとに区切って
役割分担と称して
できる人にできることをやってもらうよう指示する

それは
本当の意味のある作業でしょうか?

援助と使役は
見た目、ほとんど同じです。
(見る人が見ればわかりますが、見ようとしなければ区別がつかない)

ですが、その意図や関わりの方向性は
まったく正反対のベクトルです。

このことにどれだけ自覚的でいられるのか

今、まさに問われているのは
そのことだと考えています。













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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
私達のしていることがまさに
"「歩くことを援助する」のではなくて「歩かせる」"
のようになっているのではないか、と思わされる反応をする方がいます。

左片麻痺で4点杖歩行ですが、足指のトラブル等で歩行や着座動作が不安定になり転倒も増え一時車椅子使用が多かったのを、トラブル軽減と装具新調を機に歩行や立位・着座の練習を一定量確保したいとPT、OT、ケアワーカーで働きかけています。

デイケア利用者の中では比較的若い前期高齢男性で、情動コントローが少し難しいものの意思疎通には問題ありません。
周囲の働きかけに「脅しだ!」「俺なんか死んでしまえばいいんだ」という言葉が出たりして、一日の目標量(たとえば立位・着座練習は計50回)には程遠く数回のみというような現状…それでも全くしないわけではなく…。

計画表を作ったPTやOTとご本人は話し合いをしているはずですが、オヤツの時間などに同じテーブルに座って話をすることもあるケアワーカーとして、どのようにしたらご本人の援助になるのか、あらためて聴かせてもらおうかと思った次第です。
iki-iki
2010/10/10 23:55
iki-ikiさんのコメントを読んでいて、こちらまで辛くなってきました…。

どうぞ、その方の声がiki-ikiさんに届きますように…
speranza
2010/10/11 21:51
僕も立たせたり歩かせたり、ということを何の疑問も無く行っていて、恥ずかしながら訪問に行くようになるまで、気がつきませんでした(そして、今もその名残がどこかにあるかもしれません…)。
訪問時に“させた”ことが何の意味もなしてない、と思ったからです。

援助と使役。まさにその通りだと思います。
もう少しこの意味を自分なりに考えてみようと思います。
510
2010/10/16 19:35
>“させた”ことが何の意味もなしてない

510さん、おっしゃるとおりなんです。
そして、意味がないどころか
その場において「表面化しない逆効果」を
時間が経ってから「表面化してきた逆効果」を
きたしてしまっている怖れが非常に高いと感じています。
speranza
2010/10/17 13:22

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