『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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<<   作成日時 : 2011/01/27 23:44   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 5 / トラックバック 0 / コメント 2

キャッチボールのできない人が多いように感じます。

だから
知ることはできても、学ぶことはできない

そんな風に感じています。

対人援助職は本来
「やりとり」をすることが求められる職種です。

言葉だったり
気持ちだったり
動きだったり

相手が変わることを援助するなら
自分も変わらなければ援助できない

自分は変わらずに
相手だけが変わるなんてことは
決して、あり得ない

それは
相手を「変えよう」と
「操作」しているに過ぎない

そこには
相互交流としての「やりとり」は生じない

変化は
相互の関係性から生じるもの

かつて
井戸の水をくんでくるのが
子どもの仕事だった時には
水の運び方が下手くそだと
何回もいったりきたりしないといけないから
子どもたちは自然と身のこなしを考えた

一度になるべく多くの水をこぼさずに運ぶ

そのためには、どうしたらいいのか

水と扱う道具と身体との「やりとり」を通して
最善を「学ぶ」

それは、「知る」こととは違う

でも、今の対人援助職の多くは
学ぶことと知ることの違いをわからないのだろうと思う

あぁ「すれば」こう「なる」

「やれ」ば、「とれ」る

それらと「やりとり」の違いを実感できないのだと思う

ボタンを押せば、願いが叶うのだから…

「やりとり」ができないことを
無自覚にでも感じているからこそ
「利用者に寄り添って」「意思を尊重して」というスローガンの名のもとに
過剰に「言いなり」になってしまうのではないでしょうか。

尊重と迎合とは違う

尊重という名で迎合していることがしばしば見られるのは
実は「やりとり」できないことの感知が
無自覚に為されているがための防衛なのではないでしょうか。








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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
とっても厳しいご意見ですが、甘んじて受け止めようと思います。現場にいた頃は「やりとり」無しに利用者と関係を持つことはできないと後輩に伝えてきました。時には、こちらが傷つくこともあるのが「やりとり」なのかも知れません。
Heart さん
2011/01/29 12:20
Heart さん、コメントありがとうございます。

私が疑問に思うことは、対象者の方は病気や障害を負っているということで既に十分苦しまれています。
そのうえ、対象者の「問題点」として扱われていることの少なくない部分が対人援助職のわからなさに起因するとしたら…少なくとももっと「わかる」対人援助職が多ければ、よぶんに傷ついたり悩んだりすることも少なくなるはずです。
その部分は、今すぐにでも改善できることです。
対人援助職が自らが変わろうとしさえすれば。

制度や社会のあり方への問題提起をする対人援助職は多いけれど、自らの足もとを見つめ直そうとしている人は決して多くはありません。

対象者が変わる時には、「産みの苦しみ」を味わいます。
同じように対人援助職も「産みの苦しみ」を味わいます。
この職業を選択したということは、本来は、その覚悟を引き受けるということを意味します。

ぶっちゃけて言えば、ラクしてイイ目を見れるはずがない…という当たり前のことが当たり前でなくなっているのは、何故なんだろう?という疑問です。
speranza
2011/01/29 20:54

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