『 Buon Giorno!』 作業療法士Sより…

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zoom RSS 対人援助職としての責任

<<   作成日時 : 2011/01/08 19:48   >>

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「リハビリの結果と責任―絶望につぐ絶望、そして再生へ」
著:池ノ上寛太 三輪書店

詳細はこちらを
https://ssl.miwapubl.com/products/detail/1079

近日中に入手予定の本です。
感想は読了後に記事にします。


著者がこのような本を書かざるを得なかった現実があって
少なくないリハ職が手にしているという現実があって
でも
肝心なことは、その後どうするか…だと思う。
(もちろん、この部分は当然のことながらリハ職の責任)

リハの専門家が法律にのっとって日本に誕生して半世紀近くになり
いろいろな知識や技術が積み上げられてきているのに
肝心のことの積み重ねは、逆に非常に疎かになっているように感じられてなりません。

あぁすればこうなる…ということを
養成校や実習や勤務先で教えられ
けれど、
現実の目の前にいる生身の固有のAさんという人が抱える困難に対し
果たして適切に対応できているか
ということに対する吟味が曖昧なように感じられてなりません。

よくリハ職が言う言葉に
「治療としてやっている」といいう言葉がありますが
それは専門家としては当然のことで
もしも、言葉にして表明したいなら
「治療として成り立っている」というほうが適切だと思います。

でも、実際問題、「治療としてやっている」と言うような人は
「治療として成り立っている」ことを表明できないのではないでしょうか。

それは、言語操作能力と治療能力という2つの意味で

肝心なのは
目の前にいるAさんがよくなっていくこと

よくなる…とは、どういうことなのか

どんな状態であったとしても
いいか、悪いか
それは、その人それぞれ、その時それぞれ、その状況それぞれ…です。

目の前のAさんにとって
何がよくて何が悪いのか
Aさんと担当者にしかわからない

だからこそ、担当の意味がある

(逆に言えば、担当でないともっと曖昧にされてしまうので
 複数担当制をとっているところでは細心の留意が必要ですが
 本当にちゃんと配慮されているでしょうか?)

目の前にいるAさんとリハ担当者が
こういう状態になることをめざしていきましょう
ということを共有することから始まると考えています。

つまり、目標の共有化

でも、えてして、目標を目標として設定できない療法士がとても多いように感じています。
良い目標を設定できる人はさらに少ない。
そして、そのことに関する自覚がない療法士が
圧倒的に多いことに非常に大きな危惧を抱いています。

適切に目標を設定できれば
必ず適切にPDCAサイクルを機能させ自らの為していることを適切に吟味することができる。
きちんと試行錯誤ができる。

逆に言えば
目標を目標としてきちんと設定できない
…ということは、吟味できない、試行錯誤ができないということを意味してしまいます。

たとえ、自らの「正義」「経験」にのっとった言い方はできたとしても

もしも、本当に
漫然としたリハの実施をなくす
真に対象者の利益となるようなリハを実施できるようになる
…ということを考えるならば
そのためのカギは、目標設定だと考えています。

でも、案外、きちんと学んでいない
教えられていないし
自ら学んでもいない

そういう状態に疑問を抱かない、必死にならない
それでも過ぎてしまう…という現実に危機感を抱いています。

知識や技術に関する研修は山ほどあっても
それらの扱い方に関する研修がどれだけ行われているのでしょう。

今年は、自分の足場を活用して
まずは、意見表明としてできることから始めていきたいと思っています。








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